○ゆき | ナノ
あの時のことを、未だに友人はこう振り返る。

『なんか名前、王子って感じだった。おっきな百合の花束を持って、らしくなく息を切らして、』


できる限り急ぎながら、けれど花束をつぶさないように細心の注意を払いながら商店街を走る名前は人の目を集めていた。劇場前に着いたのは開演ぎりぎりで、友人がはやくはやく、と手を振っているのが見えた。





『…ありがと、アリババ、』

そうして無事に公演を終えようというそのとき、会場の誰もが固唾をのんでそのラストシーンを見守っていた瞬間だった。その台詞が耳に届いた瞬間、名前はぷつんと張りつめていた糸が切れるような感覚に陥った。ぼろぼろと涙の止まらなくなった名前に、慌てたように友人がハンカチを差し出す。「ありがと、」とそれを受け取りながら彼女と二人席を立った。スタンディングオベーション、割れんばかりの拍手を送りながらただただ「やられた…!」と思った。





「三好くん、おつかれさま!」

え!わざわざ差し入れ!!?ありがとー!!!という彼の声をぼんやりと聞きながら、名前は扉の影に隠れるように花束を抱えていた。「かっこよかったよー!」と声をあげる友人が一通り会話を楽しんだところで、「あのさ、シェヘラザード役の子、いる?」と声をかける。その言葉に全身が強張るのを名前は感じた。

「あ、ゆっきー?ゆっきーならさっき外の風に当たってくるって出てったよ、そろそろ戻ってくるんじゃないかな?」

一成の声が聞こえた瞬間、名前はぱっと踵を返し、楽屋から走り出した。「ちょっと!名前!?」「ん〜なになに?ゆっきーのファン??」という友人と一成の声を背中に受けながら。


「あ、」
「うわ、何?」

そうしてそれは、突然に訪れた。曲がり角を曲がろうとしたところで突如現れた人影をすんでのところで避けた名前は目を見開いた。「でかい花束…」と言いながらすれ違おうとしているのはまさに探していた瑠璃川幸その人だったのだから。

「……あの、」
「…何?もしかして天馬のファンとか?」

怪訝そうに振り返った彼は舞台で見たよりも幾分か小さく見えた。ヒールを履いている名前の方が少し大きいくらいに思え、ほんの少しだけ萎縮した。黙りこくった名前に、更に怪訝そうな視線が突き刺さる。

「…いえ、あなたのファンです、」

勢い良く顔を上げ、花束を押し付けながらそう言えば、幸はしばし動きを止めた。

「…え、あ、どうも、」
「すごく良かったです。」

畳み掛けるようにそう付け加えれば、彼が少しだけバツの悪そうな顔でこちらを見据えるので、今度は名前が首を傾げる番だった。

「……勘違いさせるのも嫌だから言っておくけど、俺一応男だからね?」
「……え、あ、はい。承知してます。」

思いがけない言葉にそう言い返せば、ふうん…と言いながら彼は手元の花束に目を落とす。

「…百合だ。可愛い。アリガト、」
「え、あ、はい、あなたはかっこよかったです…」

自分でも何を言っているんだ、と思いながらも「可愛い」という単語につられてそう感想を言えば、「は????馬鹿じゃないの??いきなり何言ってんの?」と思いがけず彼を動揺させてしまい、名前は面食らう。そんな名前の様子を見ていた彼は何を思ったか楽屋へ戻ろうとしていた体の向きを改め、こちらに向き直る。そうして小さくため息をついた。

「………舞台の上からって、場所によってはすごく客の顔が見えたりするんだけどさ、」
「はい?」

唐突に繰り出された予想しえない言葉に名前がそう聞き返せば、「言わなきゃ良かった…」とでも言いたげば彼と目が合ったので慌てて口を噤んだ。そんな名前の様子を見ながら幸は再度口を開く。

「…あんた、結構前の方ででっかい花束抱えてたから割と見えてたんだよね。」
「え。」

思いがけない展開だった。まさか向こうから認識されていたとは夢にも思わなかった。

「すごい仏頂面、」
「え?」
「あの女、すごい仏頂面で舞台見てるな、って思ってて、でもカーテンコールの時になったらぼろぼろ泣いてるし、意味わかんないって思ってみてたんだよね。そしたらいきなり現れて、俺のファンとか言うからびっくりしてさ、」

少しずつ頭の中を整理しながら、名前は瑠璃川幸への印象を改める。明らかに年上の名前へも萎縮しない態度、歯に衣着せぬ物言いの数々。想像していたよりも強い子なのかもしれないな…と内心で感心しながらも、自分が随分と恥ずかしい印象を与えていたことに気がついた名前は頬が赤らむのを感じた。

「…そういう顔もできんなら、次の舞台はもっと、笑ったりしながら見てよね、」

そう幸が呟いた瞬間、ぴりりと電子音が響いた。見ればどうやら幸の携帯にメンバーから痺れを切らした電話がかかってきたらしく、「あー今行く、ごめんごめん、」と大して申し訳ないとも思っていなさそうな声色で幸が返答を返しているのをぼんやりと見つめた。

「…それじゃ、また遊びにきてよね、仏頂面おねーさん、」

その言葉にはっと我に返る。そうして立ち去っていこうとする背中に「待って!!」と大声をあげた。

「…あの、わたしまだ19だしそんなにおねーさんとか言われるほど歳離れてないっていうか、あと関係ないんだけどアドレスとか交換できたりしますか…」
「はあ?俺14歳なんだから結構離れてるじゃん!なんならおばさんって呼んであげてもいいくらいじゃない?大体言ってること支離滅裂だし…なんなの…」
「え、あ、14歳!?嘘…おとなっぽ…」

我ながら何を言っているのだろう、と思いながらも幸が14歳だという衝撃に動揺を隠せず名前は口をぱくぱくとあけた。そんな名前を、幸は頭の先からつま先まできっかり5秒ほど見つめる。そうして息を吐いた。

「…携帯貸して。LIMEでいい?」
「え?」
「俺の連絡先が知りたいんでしょ?早く出さないなら俺帰るけど?」
「え、あ、待って、」

慌てたように辿々しく携帯を取り出した名前を見て、幸は一言言い放つ。

「…はあ。早まったかな、」








「すげー…ってかゆっきーと名前ちゃん、そこからよくぞこんなラブラブカップルになったよね…ていうかあのおっきい花束あげたの名前ちゃんだったんだー!おっとこまえー!!」
「ちょっと名前、余計なこと話したら承知しないからね、」
「あはは、幸に怒られちゃうから続きはまたいつかね。」

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