○ゆき | ナノ
「演劇?」

友人の唐突な、そうして突拍子もないその発言を、今でも名前はよく覚えている。生まれてこのかた、名前には縁のない単語だったのだから尚更。

「……別に暇してるからいいけど。どうしちゃったの?」

熱っぽい友人の視線に、大方の理由の予想はつきながらも名前は一応問いかける。それに呼応するように友人は些か頬を上気させて名前の腕をがしりと掴む。

「今狙ってる男の子が出るんだよね!!お願い!千秋楽だけでいいから付き合って!!!」
「だと思ったよ。千秋楽だけで、ってことは他にも何日か行くつもりなの?」

恋多き友人のことだからそうなのだろうな、と思っていれば彼女はその言葉に力強く頷く。

「初日と、中日と千秋楽前日にもいくの!」
「……課金してますね、」
「ちょっと!ソシャゲみたいに言わないでよ!!」

名前の言葉に彼女が不機嫌そうに眉を寄せるのでごめんごめんと謝る。それと同時にほんの少しうらやましくなった。そこまで何かひとつを、盲目的に愛することができるなんて日は、おそらく自分には来ないのだろうなと思いながら。

「……千秋楽前日も、予定ないからまだ行く人見つかってないなら付き合ってあげてもいいよ、」

それならせめて、自分も何かに興味を持ってみることから始めてみようかと思った名前は気まぐれにそう言ってみせた。思いがけない名前の言葉に彼女は面食らった表情をしてみせてからすぐに顔を綻ばせる。

「え!!!!嬉しいありがとう!!!名前大好き!!!!」
「そういう演劇って、千秋楽だと普段と台詞?とか演出?みたいのが変わることがあるって聞いたことがあるからさ。折角いくなら限定モノだけじゃなくて恒常も見ておきたいな、と思って。」
「さすが現実主義者、しっかりしていらっしゃる…」

言いながら友人はチケットを2枚取り出す。代わりに2枚分の代金を手渡そうとすれば、彼女はぴしりとその動きを制し、「いや!!お代はいらない!!!!」と名前の手を押し返そうとする。

「…いや折角だし、わたしもちゃんとお金払って楽しみにいくよ。」
「…あ!!じゃあ千秋楽の分は私からのプレゼントってことでどう?一緒に来てくれる御礼、みたいな感じでさ!」
「……それなら、ありがたくいただこうかな。」

友人の熱に負け、名前はチケットを受け取った。この紙が後の自分の人生を大きく変えていくものになるだなんてことは予想もせず、ありふれた紙を扱うような所作で。
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