○ゆき | ナノ
「聞いたよ、幸、彼女ができたんだって?」

ふわりと紅茶の匂いが漂った、かと思えば柔らかい声が頭上から降ってくるので、天馬は思わず顔を上げた。見れば東がカップを片手に歩いてくるところで、隣にいた幸も裁縫の手を止めてそちらを見つめていた。

「うん。できたっていうよりはいたのが見つかったって感じだけど、」

ポケットから携帯電話を取り出した幸が悪びれもなくそうしれっと呟いてみせるので少し意外に思う。隠しているつもりはないらしい。まあ、一成に見つかってしまっている時点で、隠し通すこと自体無理な話なのだが。

「…へえ。どうなの?順調?あ、写真見せてよ。」
「まあね、」

あいも変わらず順風満帆らしい。先日の、大人びた彼女のことを思い出す。大人びた、というべきか、臆病な、と形容すべきかわからない彼女の無干渉気味な態度を。

「へえ。可愛らしい人だね、」

幸が手元の携帯を東に傾ければ、それを覗き込んだ彼が顔を綻ばせる。「可愛らしい…?」と頭に疑問符を浮かべながら天馬もまたその画面を覗き込む。そこには、明らかに盗撮と思われる、車を運転する名前の横顔が写っていた。その表情はどう見ても、可愛らしいとは形容し難く、むしろ凛々しい印象すら与えていたが、東にかかれば名前のような女でも可愛らしく見えるものなのかもしれない、と無理矢理に自分を納得させる。幸の方もそれは同様な様子で、「そう?」と首を傾げてみせた。

「……で?夜の方も順調なの?」

その発言にぶふっ!!と飲んでいた麦茶を吹き出したのは天馬だった。「あ、東さん!!!」と叫んでみせれば、「ふふ、天馬は可愛いね、」と軽くいなされてしまう。
助けを求める意味合いで幸の方を見つめれば、思いがけず憂いを帯びた表情をして「…まあ、それなりにね。」と呟いてみせるので言葉を失ってしまう。そんな幸を、東は訳知り顔で見つめている。

「……向こう、5個も年上だから余裕があっていらっとするし、昔の彼氏とかと比べられてもうざいし、がっついてるとか思われたらやだし、そういう意味で俺なりに気は使ってるかな。それなのに無駄に知識とかあるもんだからなんかほんと、いらっとするんだよね…」

要約するとそれはつまり、フラストレーションが溜まっているということなのでは…?と冷静に分析してみせた天馬は複雑な気持ちになる。男女のつきあいなのだから清廉潔白なばかりではないとわかってはいても、いざ自分の知っている2人がそういう仲であるということを思い知るのはやはり、気恥ずかしい気持ちになる。

「…幸もお年頃だもんね。でも天馬がそろそろ限界みたいだから、続きの話は今度にしよっか、」

そこで幸は「あ、そういえばいたんだポンコツ役者、」といつも通りの悪態をついてみせる。「おま、ふざけるな、」と言いかけてみれば、幸が何かを思いついたように悪戯っぽく笑ってみせる。

『そういえばあず美、相談なんだけどさ、おすすめのホテルとかってある?やっぱり自宅ばっかりだとマンネリ化するっていうか…』
『それなら私、良い場所知ってるよ?今度紹介してあげるね、』
『ほんと!?助かる〜』

突然口調を変え、髪を指に巻き付けながら笑う幸に、東も女性らしい仕草で応戦する。女子会をシチュエーションにしたエチュードか、と天馬が納得したのも束の間、次の瞬間にはすっと気恥ずかしい気持ちが押し寄せる。

「な、生々しいエチュードをするな!!!!」
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