「覚えているよ、ちゃんと。」 そう告げる、すっかり表情を失くした女の横顔をよく、覚えている。彼女はまるで無機物だった。ごっそりと、何か人間として大切なものが欠落してしまったのではないかと思うほどに。 「この傷は、15歳の時、初めてつけた傷。わたしがわたしを、許せなくなった時の傷。そうしてこれは、初めて人を憎んだときの、17歳の時の傷。ほらね。ちゃんと、覚えているよ。」 沢山の線の入った手首をそっと撫でながら、最早臨也にはどれがどれなのかわからなくなったそれを彼女はしっかりと記憶していた。 「だって、忘れちゃう、んですもん、」 ごとり。 また彼女から何か、大切なものが抜け落ちる。そんな気がした。 「忘れたら、繰り替えして、しまうから、」 記憶するように、ただ手首に線を引く。生きていた証を、刻み付けるように、忘れないために彼女は線を引いていた。触れれば思い出すようにと。ふとした幸福の瞬間に、はっと息を呑めるようにと。同じ轍を踏まないためにと。 「だけどわたし、忘れませんよ。臨也さんのこと。」 その言葉に、臨也は言葉を返すことはしない。ただ黙って、いつのものなのかも誰のためのものなのかもわからない傷跡をそっと、なぞるだけだ。その感触にはっとしかたかのような顔を浮かべた彼女は、ようやくほんの少しだけ人間に見えた。 「だってほら、」 臨也の指先が触れた部分をそっとなぞりながら、彼女はまた、臨也ではないどこかを見つめてしまう。またごとり、何かが欠落する、音がする。 「だってほら、傷をつけなくともこんなにも痛い、」 そう告げる、女の横顔をよく、覚えている。 『欠落症候群』 「折原臨也とリスカ女子』でした。ありがとうございました。 |