○ありすいん | ナノ

宇佐見三月は、幼い頃のわたしの世界のようなものだった。
抱きしめられることもなく育ったわたし達は、見えない穴を埋めるよう、あわよくば飢えた心を癒そうと躍起になっていたのだ。その気持ちは、わたしや三月や洞堂にしかわからない。御園には決してわからない、浅ましさ。わたしはそれが特に顕著だった。



「…おい名前、貴様、煙草の匂いがするぞ。…リリィといたのか?」

背中からの突然の声にわたしが必要以上に肩を跳ねさせたので、それは彼を少なからず傷つけたらしい。見れば、シュンとした表情を浮かべる御園がこちらを見ているので、思わずエプロンの裾を握った。「御園ぼっちゃん…」乾いた声が出た。

「……僕だって色々知っている。あまり子供扱いをしないでくれるか?」

言いながら、彼は気まずそうに視線を逸らす。その仕草は、子供のような無垢さと大人の狡さを兼ね備えていた。丁度その中間を揺れ動いているような、そんな危うさ。いつの間にそんな顔ができるようになったのだろう。

「…申し訳ありません。」

なんと返すべきか迷った挙句に出てきたのは謝罪の言葉だった。それは、彼を子供扱いし過ぎていたことへの謝罪だったのか、リリィと喫煙所で立ち話をしたことへの謝罪だったのか、煙草の匂いを立ち上らせていたことへの謝罪だったのか、それすらもわからないままに。

「……別に…謝って欲しかったわけじゃない……」

彼の方もまた、探しあぐねているようだった。何を?それはおそらく、わたしとの距離のはかりかたを。燻る思いの吐き出し方を。
触れれば切れそうな糸のようだ、と思った。危うくも美しい彼はそんな儚さを兼ね備えている。それをわたしが切ってしまっていいものなのかわからなかった。けれど触れたいと思ってしまった。

突然わたしが伸ばした手に、御園はびくりと体を跳ねさせた。構わずわたしがその柔らかい頬に触れれば、彼は困った顔をしながらも大人しくなる。三月とはまた違う、柔らかさの中に強さを秘めたその感触にほんの少しだけどきりとする。


ピリ、と電子音が鳴り響いたのはその時だった。仕事用の携帯電話が胸元で存在を主張する。

「…ごめんなさい、仕事の電話で。失礼します、」

動揺を悟られてはならない、と思ったわたしにとって、その電話は実にタイミングの良いものであった。突然の出来事にああ、とよくわからない声を出した御園を置き去りに、ぱたぱたと廊下を走り抜ける。どことなくむず痒い気分だった。知らないものを知るということは、いつだって嬉しいような気恥ずかしいような気持ちを伴う。その感触に小さく微笑む。だが、その微笑みも、ディスプレイに表示された『有栖院御国』の名前を見た瞬間、げっそりとしたものに変わってしまうのだが。

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