短編2 | ナノ




※中編「スーパーカー」の続きというかifというか、そういう話です。





キキッ、と荒々しい音を立てて車は停車した。闇を切り裂くライトの先に、真っ白な人影が突如現れたからである。
それはどこか見覚えのあるワンピースで、そのことに気がついた臨也は一瞬だけ驚きの表情を浮かべた後に、笑った。当然の顔をして助手席に乗り込んだ彼女を見ても尚、その笑みは崩れない。

「…驚いた、まさかこんなところで君に会えるなんて、」

触れた頬は驚くほどに冷たかった。それはまるで、たった今海から上がってきたような、生きている心地のない芯からの冷たさだった。けれど、彼女はしっかりと息をしていた。とても、矛盾している。

「……生憎だけど、運転は久しぶりなんだ。君が満足のいくようなドライブができるかはわからないな、」

そう茶化したところで、背後からクラクションが聞こえた。後続車が来てしまったらしい。何も言わないままの彼女に困ったように笑いかけ、臨也は車を発進させた。


「……それで、君はその、生きてるの?それとも死んでるの??」

単刀直入に聞いたのが意外だったらしい。ようやくそこて名前は驚いたような表情をした。そうして、臨也の方を見つめて、少しだけ笑う。

「…それを聞くのは、野暮ってものですよ、」

笑った彼女からは生気が感じられた。海に沈んだ彼女があの後偶然にも蘇生したのか、はたまた幽霊か。どちらの可能性も、情報屋である折原臨也の頭脳をもってしても、現実味のない話に感じられた。いっそ、あの時のことがすべて夢だったと言われたほうが自然なほどに。

けれど彼女の婚約者が殺された話題はニュースになっていたし、それ以来名前の行方が知れていない、ということもまたニュースになっていた。彼女はいわば重要参考人として世間に顔が知れているのだ。そんな彼女が助手席に乗っているという事実は、あまりにも現実味のないことだった。

「…どうする?このままホテルにでもしゃれこんでみせる?」

特段彼女とそういうことをしたい、という欲求があったというわけではなかった。けれど彼女のその白く冷ややかな肌に触れたいと思ったこともまた、事実であった。臨也のその言葉にふは、と彼女は温度のある笑い方をする。横目でちらりと覗き込めば、その頬にほんの少し紅がさしている。照れているというよりかは、生気を取り戻したとでもいうべきか。たった数ヶ月会わなかっただけだというのに、彼女は幾ばくか大人になってしまったかのように見えた。

「…ううん。そうじゃなくて、連れてって欲しいな。池袋のあの、噴水まで。」
「……わかった。」

彼女が告げたのはあの夜、臨也が彼女を見つけた公園の噴水であった。もうずいぶんと遠い昔のことに思えるあの夜。彼女の死んだ目、街のネオン、あれから随分と時間が経ってしまったらしい。
するすると車を走らせれば、窓の外にぼんやりと黒い海が見える。その景色に彼女はほんの少しだけ体をびくりと震わせる。だがそれも束の間で、彼女はすぐに安心しきったかのようにサイドシートに身を沈める。絞っていたラジオのボリュームを彼女がそっとあげる。流れてきた流行のラブソングに、大した興味もなさそうに名前はぼんやりと窓の外を見つめた。あの日のホテル、ボーリング場、映画館を横目に街の中へと車を走らせれば、あっという間に目的地へと到着してしまう。

「…着いたよ。」

ハザードを点け、助手席の彼女をちらりと眺めた。人通りも車通りも多い。どうやら長居はできなさそうだった。それをわかっているのかわかっていないのか、彼女は臨也と目を合わせようともしない。

「…ほんとはね、答え合わせをしようと思ってきたの。」

視線を外したままの彼女の言葉の意味を考えながら、臨也もまたネオンに染まるその横顔をじっと見つめていた。ああ、自分たちはいつもこうだ。いつだって手遅れ。

「……でも今日、臨也さんに会ったら全部どうでもよくなっちゃった。あのね、わたしはたぶん、臨也さんにもう一度会いたかった。それだけだったの。」

ちゅ、とわざとらしいリップ音を立てて、不意に彼女が臨也の頬へキスを落とした。一瞬の出来事だった。気がつかぬうちに距離を詰められ、彼女はあっという間に離れていく。

「さよなら。臨也さん、」

しゅるりと臨也の手からこぼれ落ちるように彼女は助手席を後にする。ばたんと音を立てて車のドアが閉まった。人ごみは彼女の姿をさらうかのように、まるで特殊な引力でも働いているかのようにあっという間に名前を飲み込んでしまう。そうしてすぐに、彼女の背中は見えなくなった。

はあ、とため息をつく。それが満足によるものなのか、後悔によるものなのか、もう今更臨也にはわからない。彼女の降りた後のサイドシートからはほんの少しだけ潮の香りがした。



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