もうずっと、彼とは長い戦争を続けている。 「…名前の人生にはなんていうかさ、愛が足りないよね。」 「…愛、ですか。」 「…女の愛は上書き保存って言葉があるくらいだけど、君はそれともまた違うよね。なんていうか、一番好きなものをそっとすり減らして、そうしていつしか2番目が顔を出す。君の人生は消去法みたいだ。」 その言葉に、キッチンでコーヒーを淹れていたわたしはは小さく苦笑する。思わずカップからコーヒーがはみでてしまい、それにもまた笑みがこぼれた。今更こんな自分を捕まえて、愛。だなんてものを説いてみせるのは彼だけだ。本当に人を愛したことがあるのかすら疑わしい、その唇で。 そこまで考えてからはたと、さて果たして本当に彼は人を愛したことがないのだろうかと考える。それはおおよそ、わたしの想像している愛と彼の想像している愛が食い違っているだけなのではないかと。 「…臨也さんは、本当に自分が正しいのか間違っているのか、わからなくなった時にどうするんですか?」 「何?どうしたの一体、」 マグのふたつのったトレーを運びながら、わたしはするすると彼に近づく。その気配を察知したのか、臨也がくるりと首をこちらに向ける。何かを挑むような目が、ずぶりとこちらを刺すかのように向けられる。 「自分の信じていた定義が、もしかしたら間違っているのかも、と考えると途方もなくないですか?というよりかは、果たして定義など存在しているのか。だって現にわたしは、あなたの語る人間愛を到底愛だとは定義できないですけど、逆も然りですよね。」 「………馬鹿なくせに案外小難しいことを考えてるんだね。」 その言葉と共に臨也の目がすっと細められる。けれど怯むわけにはいかなかった。そう、これは戦いなのだから。 「…でもきっと、考えても途方もないことですよね。だからわたしは、そんな答えに到達する前にとっととくたばりたいと思ってますよ。できるなら、あなたの腕の中で。」 「…これだけ俺のことを理解できないと言っておきながら一生俺に飼われるつもりなの?君、やっぱりどうかしてるよ、」 するりと臨也の首に腕を絡め、そう言ってのければ呆れたような声が返ってくる。けれど仕方ないのだ。離れられないのだから。 そう、これはわたしたちの戦争だ。わたしたちは恋人であるよりも前に戦友なのである、それでいい、そうでなくては。 「……きっと、人生で一番知りたいことは死ぬまでわからないままだと思うんです。それならわたしはせめて足掻きたい。諦めた顔をしながらも、本当は何もかもを欲しがっていたい。そのために、あなたが必要なの。」 言いながら彼の膝にごろりと頭を投げ出す。呆れたようなため息と共に臨也の掌が瞼をそっと覆う感覚がして、視界が暗くなる。そう、そんな風に何も考えられないように、何も見えないようにしていてね。 もうずっと、彼とは長い戦争を続けている。 『宣戦布告』 |