「…ちょっと。飲み過ぎなんじゃないの?」 高揚した体をだらだらと引きずるように歩いていればぐい、と腕を引かれる。声の方を見やれば、恋人がはあっと大きくため息をついてみせるので思わず顔がほころぶ。 「幸、きてくれたの?」 「うっわ酒くさ、やっぱりいかせなきゃ良かったかな、」 幸がひとりごとのようにそう言ってのけるのでほんの少しだけ酔いが覚める。罪悪感に胸が少しだけ痛む。 「…で?俺以外の男と2人でわざわざ酒まで飲んで、何を食べてきたの?」 彼女とうまくいっておらず、相談に乗って欲しいという同僚の誘いを断りきれず、おずおずと恋人にその事実を告げたのは約束当日の朝だった。嫌そうな顔でこちらを送り出した幸の顔も記憶に新しい。 「…えっと。オムライス…」 「うわ最悪。よりによって俺の好物じゃん、」 そうなのだ。メニュー表に並ぶオムライスの文字に何故だか幸のことを思い出してしまった。頼まずにはいられなかったのだ。 それをわざわざ幸にいうべきか、言わざるべきか迷っていれば、そんなこちらの視線に気がついたのか幸もまた視線をこちらに寄越す。 「……わたしね。たぶんわたしが他の人とご飯を食べるのは、やっぱり他の誰よりも幸がいいって、再確認するためなんだと思うんだ。」 「は?」 思わず口からぽろりとこぼれた言葉に、間髪入れずに幸が返答を寄越す。「…ごめん、忘れて、」自分でも思いがけない言葉だったのだ。途端にバツが悪くなる。 「………それってさ、いつか俺よりも食事をするのが楽しい相手と巡り合ったらどうするつもりなの?」 「え?」 怒っているのかと思いきや、響いた声が想像以上に弱々しかったためにばっと幸の方へ向き直る。彼は言葉通りに弱々しい表情をしたままこちらをじっと見つめていた。その弱さを隠そうとしないのは彼らしくなかった。 「……そんなこと言われたら俺、アンタが他の誰かと食事に行くの、もう笑って見送れなくなるんだけど。」 予想していなかった幸の独占欲に触れ、言葉を返せなくなる。酔っているのはこちらの方だったというのに、そんなものすっかり吹っ飛んでしまう。 「……わたしは、ちゃんといつも幸のところに帰ってくるよ。」 「…………ほんとに?」 「うん、」 言いながら前を見据え、幸の手を握る力を強めた。そうしなくてはならないと思った。謝るのは違う、と何故だか思った。 「…ごめん、忘れて、」 そう言いながらふいっと幸は俯いてしまう。伸びかけた髪が耳からこぼれて、その綺麗な横顔にかかる。その表情を、弱さを隠すように。けれど忘れられるわけがない。ねえ幸、わたしはきっと今夜のこと、忘れないと思う。あなたのその顔だとか、汗ばんだ手だとか、温度だとかそういうもの、全てを。 |