短編2 | ナノ




「新宿は好きですよ。しっかりと街に溶け込めるから。誰もわたしを、異質な目で見ないから。」

誰も振り返らない。後ろ指をさすこともない。この街ではまっすぐと前を向いて歩くことができる。そうしてようやく顔を上げたこの街で、この男に、出会った。

「…君は東京がよく似合うよ。ここでなら君は、つまらないものに成り下がれる。他の街ではそうもいかないだろうからね。君はこの街で生きて、この街で死ぬべきだ。」

遠い昔のことを思い返そうと、昔いた土地のことを思い返そうと、そうしてこの男に出会う前のことを思い返そうとしてやめた。それはひどく無意味なことに思えた。自分は今、この地に息づいている。この男の前で息をしている。それだけで十分だった。

「…そんなことより、その指輪随分と君の指には不釣り合いみたいだけど、」
「……くれたの、折原さんですよ。忘れちゃったんですか」
「そうだっけ。覚えてないな、」

ずしりと思い、人差し指のその指輪をそっと撫でた。片時も外すことのないそれは錆び付き始めていた。自分がつけるには些か無骨なそれは、名前の体において常に異物だった。異質なものだった。それは丁度、折原臨也本人のように。そうして名前はその、そぐわなさを愛している。

「新宿は好きですよ。しっかりと街に溶け込めるから。誰もわたしを、異質な目で見ないから。」

もう一度その台詞を繰り返す。そうしてそんな、すっかりと人波に溶け込んでしまった自分を見つけられるのはきっと、この折原臨也という男だけなのだろうという確固たる確信を持ってそう呟けば、彼もまたまっすぐに自分を見つめ返していた。

「…そうだね。それでも俺は君のこと、ちゃんと見つけられる自信があるよ。君の死に顔には興味があるからね、」

普通ではない、と言われることに疲れ果て、この街にたどり着いた。そうして自分よりも普通でない、この男に会う度に救われる。自分は心の何処かでこの男を蔑み、尊み、そうして畏怖している。それは愛とは最もかけ離れた感情であるということを理解していた。楽になれた。質のわるいくすりのようだ、と思いながらも離れることができない。この男との別離は死に等しいということをおそらく、認識しているからだ。


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