短編2 | ナノ




真っ暗な洗面所でゆらゆらと指先を漂わせていれば、ぱちんという音と共に視界が一気に明るくなるので目を瞬かせる。

「…呼んでくれたらいいのに。ここ、スイッチの場所、わかりにくいんだよね。」

そう言いながらバスタオルを手渡す臨也。何も答えない名前の顔を覗き込みながら「はは、寝ぼけてるの?」とわらってみせる。

「………折原さん、」
「何?」

話しかけることに随分と逡巡したのに、あっという間に返ってきてしまう言葉に名前はまたたじろぐ。けれど、意を決してぎゅっとバスタオルを抱く。ふわりと、知らない洗剤の香りが漂う。

「…わたしは、折原さんに、騙されているんでしょうか?」

その言葉に彼はぴたりと動きを止めた。驚いたせいではないのだろう。あくまで、予想の範囲内である名前の反応を吟味して、その上で更に言葉を選んでいる。

「…俺のこと、信じられない? 」

ほら、わかった上での言葉だ…と思いながら名前もまた慎重に言葉を選ぶ。

「…こんな豪華な家に住んでいて、思慮も深くて、そして顔立ちも綺麗な方の家で、どうしてわたしはこれからシャワーを浴びようとしているのか、わかりません。」

結局ありのまま、正直に告げて仕舞えばようやく彼は少しだけ意外そうな顔をする。言葉のチョイスを誤っただろうかと思っていれば、臨也はそのまま「へえ、」と呟く。

「…俺が見誤ってたみたいだ。君、嘘とかついちやいけないタイプの人間だったんだね。参ったな、」

大して困っていなさそうな口ぶりで臨也がこちらの目を覗き込む。掌握しようとするような、本心を探られているような視線。

「ほんとはもう少し泳がせてから言おうかと思ってたんだけど、そういう目で見られると黙っていることが難しいな。君の予想通り、俺は君個人にはまったくもって興味がないんだ。ただちょっと、しばらくの間の観察対象にって思ってたんだけど、そうもいかないみたいだ。どうしたものかな、」

予想だにしていなかった言葉に思わず目を見開いた。これならいっそ、体や金目的だった方がマシだったのではないか…?とやけに冷静な頭で考えた。

「まあとりあえず、シャワー浴びてきなよ。これからのことはそのあとゆっくり考えようか。まあでも、安心してよ。俺は君のこと、これっぽっちも性的な目で見てもいなければ、君個人にはまったくもって興味がないんだから。俺が興味あるのは、あくまで君の生態っていうか、君に何かをしたときの反応そのものなんだから。」

よくわからない理論を背中に受けながら、ぐい、と浴室に押し込まれる。その言葉の意味を必死に考えながら、きっとこの浴室でシャワーを浴びるのは最初で最後だろうな、と溜息をついた。








……

「ははは、まさかそんな風にまで言い切った女の子が、何年も経った今も君の家に住んでる上に、僕の目の前で君とコーヒーを啜っているだなんて笑えるね。」
「…新羅うるさいんだけど。名前も余計なことばっかり言わないでくれる?」

不貞腐れた目をする臨也を横目にふふふと笑いながら、名前は昔と変わらない目ですいすいとコーヒーを流し込むばかりだ。


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