真っ暗な洗面所でゆらゆらと指先を漂わせていれば、ぱちんという音と共に視界が一気に明るくなるので目を瞬かせる。 「…呼んでくれたらいいのに。ここ、スイッチの場所、わかりにくいんだよね。」 そう言いながらバスタオルを手渡す臨也。何も答えない名前の顔を覗き込みながら「はは、寝ぼけてるの?」とわらってみせる。 「………折原さん、」 「何?」 話しかけることに随分と逡巡したのに、あっという間に返ってきてしまう言葉に名前はまたたじろぐ。けれど、意を決してぎゅっとバスタオルを抱く。ふわりと、知らない洗剤の香りが漂う。 「…わたしは、折原さんに、騙されているんでしょうか?」 その言葉に彼はぴたりと動きを止めた。驚いたせいではないのだろう。あくまで、予想の範囲内である名前の反応を吟味して、その上で更に言葉を選んでいる。 「…俺のこと、信じられない? 」 ほら、わかった上での言葉だ…と思いながら名前もまた慎重に言葉を選ぶ。 「…こんな豪華な家に住んでいて、思慮も深くて、そして顔立ちも綺麗な方の家で、どうしてわたしはこれからシャワーを浴びようとしているのか、わかりません。」 結局ありのまま、正直に告げて仕舞えばようやく彼は少しだけ意外そうな顔をする。言葉のチョイスを誤っただろうかと思っていれば、臨也はそのまま「へえ、」と呟く。 「…俺が見誤ってたみたいだ。君、嘘とかついちやいけないタイプの人間だったんだね。参ったな、」 大して困っていなさそうな口ぶりで臨也がこちらの目を覗き込む。掌握しようとするような、本心を探られているような視線。 「ほんとはもう少し泳がせてから言おうかと思ってたんだけど、そういう目で見られると黙っていることが難しいな。君の予想通り、俺は君個人にはまったくもって興味がないんだ。ただちょっと、しばらくの間の観察対象にって思ってたんだけど、そうもいかないみたいだ。どうしたものかな、」 予想だにしていなかった言葉に思わず目を見開いた。これならいっそ、体や金目的だった方がマシだったのではないか…?とやけに冷静な頭で考えた。 「まあとりあえず、シャワー浴びてきなよ。これからのことはそのあとゆっくり考えようか。まあでも、安心してよ。俺は君のこと、これっぽっちも性的な目で見てもいなければ、君個人にはまったくもって興味がないんだから。俺が興味あるのは、あくまで君の生態っていうか、君に何かをしたときの反応そのものなんだから。」 よくわからない理論を背中に受けながら、ぐい、と浴室に押し込まれる。その言葉の意味を必死に考えながら、きっとこの浴室でシャワーを浴びるのは最初で最後だろうな、と溜息をついた。 …… 「ははは、まさかそんな風にまで言い切った女の子が、何年も経った今も君の家に住んでる上に、僕の目の前で君とコーヒーを啜っているだなんて笑えるね。」 「…新羅うるさいんだけど。名前も余計なことばっかり言わないでくれる?」 不貞腐れた目をする臨也を横目にふふふと笑いながら、名前は昔と変わらない目ですいすいとコーヒーを流し込むばかりだ。 |