短編2 | ナノ




銀の食器を並べながら、彼女は安らかな顔で笑う。そこにあるのは覚悟めいた、そうして諦めに似た感情なのだろう。

「…どうぞ、召し上がれ。」

生きる、という動作をどこかに置いてきてしまったかのような顔で、彼女は笑いながら皿を呈してみせる。




食事が済めば、彼女はそれが当然の所作であるかのように、ドレッサーの前に座り込む。それを目だけで追いかけた莇もまた、当然のようにその後ろに回り込んだ。
ひたり、と肌に触れてみる。そこでようやく彼女が生きているということを実感する。弾力、仄かな温度。

「…すこし痩せたか?」
「………そうかな。夏が終わったからね、」

いまいちよくわからない彼女の理屈にふうんと呟きながら、準備を進める。手に取った化粧水をそっと肌に馴染ませれば、それはすんなりと吸い込まれていった。

「もうすぐ冬だね。なんだかわくわくしちゃうな、」
「…寒がりのくせに何言ってるんだか、」

冬がくるたびに寒い寒いと縮こまる彼女の姿を思い出しながらそう言ってみせる。けれど寒いと言いながら、彼女の横顔はいつも楽しそうだった。冬のあの、重苦しくて鈍色の空を映す瞳は、いつも曇りなく澄んでいたように思う。寒がりのくせに冬が好きなその矛盾は、どことなく愛おしい。

「莇くんは秋生まれなんだっけ。」
「…….そう。夏じゃなくてよかった、」

何気なく、淡々とした口調でそう呟いてみれば彼女が小さな声で「知ってる、」と呟くので思わず手が止まる。

「暑いのが苦手なの、知ってる。」
「……下地塗るから、ちゃんと前向いてて、」

得意げな顔をこちらに向けながら彼女がそう言ってみせるので、面食らってそう言えば、「はあい」と気の抜けた声が響く。そうしてまた沈黙が訪れる。手持ち無沙汰になった莇は、名前の髪に目を向ける。

「…髪色、暗くしたんだな、」

ふと、その髪色が前よりも深みを増していることに気がついた莇が呟けば、彼女は本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。

「そうなの。秋が深まる前に、少しずつ暗くしたいの。間に合うかな、」

どうして?と聞こうとして、それは躊躇われた。その髪色はきっと季節を美しく彩るだろう。夏が少しずつ抜けていくかのように染められていく黒髪は、きっと秋によく似合う。そうしてそれが、もし自分のためだったらいいのに、と莇は思う。彼女が少しずつ、秋に染められてゆけばいいのに、と思う。

「…わたしきっと、秋が来るたびに莇くんのことを思い出すんだろうな、」

ぼうっと考えこんでいれば、唐突に彼女がそう呟くのではっと我にかえる。そうしてたまらなく泣きたくなった。どうしてそんな、別離を予感させるようなことを言うのだろう。それはきっと彼女がそのうち、自分の前から姿を消すからに他ならない。
それならばずっと、秋でいいのに。この季節に彼女を、閉じ込められたらいいのに。

「…今日はどんな感じにすんの、」

そんな思いを悟られまいと、話をそらすべくそう問いかければ彼女はそうだな、と呟いた後に真っ直ぐと、鏡ごしに莇を見つめた。


「………秋に囚われた女、みたいなのはどう?」

そう呟きながら鏡ごしにこちらをみる彼女の視線を意識して外しながら、「わかった、」と呟いて秋の色を、パレットの上に広げた。そうして目を閉じた彼女の瞼の上に、秋を、落としてゆく。


『勿忘草』 t.h.e i.r.o.n.y


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