池袋の駅前、じゃあねと友人に手を振った瞬間そぎ落とされたかのように笑顔がなくなるのがわかったわたしは「ああ、また、顔を失くしてしまった、」と思った。 誰かと会うたびにまたひとつ薄らいでいく感情が、行き着く先は何処なのだろうか。 ひどく胸焼けがしていた。ミルクティーとそれから、ケーキも食べたのだ。当然だろう。 それに伴ってひどく、帰りたくない気分に苛まれたわたしは駅とは逆方面に足を向ける。帰りたくなかった。けれど、何処にも行きたくなどなかった。 道に面したカフェの食玩はひどくわたしを不快にさせたし、欲しかった筈の本はわたしの胸を昂らせなかった。それなら、何が一体わたしを生かしてくれるのだろう。わたしは、何を待っているのだろう。そうしてまた、顔が、なくなってしまう。 「本当に?」 突然耳元で囁かれた言葉にびくりと肩を跳ねさせた。途端に自分が、知らない顔になるのがわかる。ああけれど、いつかこの顔も何処かに落としてしまうのだろう、と思えば心はひどく冷静になった。そうしてその、男の名を呼ぶ。 「折原さん、」 黒い男は軽薄そうに、けれど嫌味なく笑っていた。夕暮れの池袋に佇む彼は丁度、夜と昼の中間地点に立っているようでひどく神聖なものに見えた。 わたしの呼びかけに応答するように軽く首を傾けてみせた彼は再度、「本当に?」と繰り返す。そして、わたしが物事を理解するよりもはやく、ギリリと手首を掴んでみせる。 「…何がですか、」 ああ、吐いてしまいそうだ、と思った。何もかもを吐露してしまいそうだ、と。 「…本当にわからないの?それとも、わからないフリをしているの?」 中身のない会話はけれど核心を突いているのだということは、わたしがよくわかっていた。わたしは本当に今、自分が何を求めているのかわからないのだろうか、それともわからないフリをしているだけなのだろうか。それすらもわからない。 「……それは、折原さんにしか、わかりません。」 自分では自分を、捌けない、裁けない。そうしておそらく、他の人間にも、わたしの中身はわからない。けれどこの男ならわたしをめためたに破壊してくれるのだということを、わたしはよく理解している。誰にも会いたくない、何をしても満たされないこの瞬間に、心の底で求めているのはこの男による破壊、だということをわたしはわかっているようでわからないフリをしていた、?のか、もう何が何だか、わからない。 わたしの返答に、男は満足そうに頷いた。「そう、俺にしかわからない。君は君自身を理解することなんてできないんだから、」 そのままズン、と手首を引かれた。パリンと何かが割れるような、はたまたヒビが入ったような音がしたような気がした。ああそれが、わたしの頭蓋の骨を砕く音ならいいのに。その穴からたちまちにこの男は全てを暴いてくれるのだろうから。 剥がれ落ちた顔を拾って、ぐしゃぐしゃになったそれを大切そうに撫でてくれるのはこの男で、きっとこの男にしか破壊できない。 わかっていた、わたしはただ、折原さんに会いたかった。どうしようもなくなった時に、どうしようもなく強い力で滅茶苦茶にされてしまいたかった。たぶん本当はずっと、ずっと。昔から。 |