短編2 | ナノ




雨の降る午後だった。皆思い思いに部屋へ籠り、それぞれの時間を過ごしている様子だったので、わたしはふらふらとキッチンへと向かった。そこでは、金髪の男が煙草をふかしている。外は雨と海で、もうその水が雨なのか、はたまた雨粒によって跳ね返った海なのかわからなくなっているというのに、彼の煙草にはしっかりと火が付いていた。それがやけに安らかで穏やかで、ぱたぱたと、天井が雨を弾く音が聞こえた。

「…海の上にも、雨が降るんだね。」

唐突なわたしの登場と、その思慮の足りない台詞に彼は丸い目を瞬かせた。そうして煙草の煙をもみ消しながら、ああと呟いてみせる。

「…どうしたの?君が来るだなんて珍しい、」

薄ら青い空気の中で、彼が小さく笑ってみせた。ほんの少しだけ窓を開ければ、雨の匂いが部屋の中に入り交じってなんだか心細くなる。

「…みんな昼寝しちゃってさ。わたしも寝ようかなって思って」
「……それでわざわざここに?」

その回答は限りなく正解に近くて、けれど的を射ていなかった。それに気付いてか気付かないフリをしてか、サンジはふうっと白い煙を吐きながらまた、笑ってみせる。なんだか嘘を許された気分になってしまったわたしは食卓の椅子にごろんと寝転がった。ごつごつとした木のそれは背骨にぶつかってごりりと音を立てる。

「キッチンの匂いが好き。それから煙草の匂いも、」

打ち明ければ、今度はサンジが目を見開くのでわたしはそれきり口を噤んでしまう。ああ、また的外れなことを言ってしまった。本当に好きなものを打ち明けられないまま。

目を閉じれば、彼の息づかいと雨の音だけが耳に届くようになり、わたしは心がとろりと満たされていくのがわかった。このまま眠ってしまえたら、どんなに幸せだろうかと。それはおいしい料理を食べる時のように、満たされた気持ちだった。意識がふわりと、浮上していく。

「少し眠るといい、」

その言葉と共に、頬を指先が滑る感覚がした。鼻先で香った煙草の匂いに思わず頬が緩む。
雨と海の境目がわからなくなるように、わたしの夢と現も境目をなくしていった。おやすみ。魔法みたいな声が聞こえる。雨の降る午後のこと。


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