一面の星が見たいんです、と言えば一瞬だけ面食らった顔をされた。 「…どうしちゃったの。らしくないね。しかもそれを俺に言うだなんて。」 「…臨也さんなら、お金の力でなんとかしてくれるんじゃないかなって、」 「はは、さすがの俺にも、そういう超常現象めいた真似はできないよ。そういうのはどちらかというとシズちゃんの管轄じゃないかな?ああいう化け物にならなんとかできるんじゃない?」 そこまで自分で言ってみせてから、彼は一瞬だけ表情を失くす。そうして眉を寄せるのでどうしたのだろう、と名前はそっと臨也の顔を覗き込む。 「……ああ、なんかそれはそれで、苛つくな、」 言いながら彼がいつもの黒いファー付きコートを羽織るので目を瞬かせていれば、「おいで、」と腕を引かれてしまう。 「え、あの、どこへ、」 「早くコート着て、」 自分で言っておきながら何故か不機嫌になる男に腕を引かれ、驚いたのも束の間、こっそりと笑みをこぼす。時折こうして人間みたいなことをする。いつからかそれを隣で見ることができるような場所まできてしまったらしい。 「………何笑ってるの、」 「内緒です。」 「あー、疲れた。首が痛くなっちゃったよ。」 「…そんなこと言って、寝てたじゃないですか。」 臨也に連れてこられたのは、郊外の小さな小さなプラネタリウムだった。わざわざ電車に乗り、小さな図書館に連れてこられたかと思えば、その中にぽつんと併設された、チープなプラネタリウム。人はまばらだった。本当にプラネタリウムなのか…?と心配していたのも束の間、上映が始まってしまえば頭上一面に広がる夜空に名前は心奪われてしまったのだが。 「目を瞑ってただけだよ、」 「嘘です。すーすー寝息が聞こえましたよ、」 それにしても、随分とこの男も無防備になったものだと思う。初めて会った時にはまさか、こんな人間離れした男が自分の隣で全てをさらけ出して寝息を立てる日が来るとは思いもしなかった。 「はは、俺は星なんてなくて構わないからね。騒がしいネオンの光の方が、ずっと好きだ。」 そう言いながら臨也はぴょんと足元のブロックに登ってみせる。たしかにそうだ。彼に似合うのはこんな郊外の景色でも、ましてプラネタリウムの星空でもない。都会の色とりどりのネオンだ。 決して交わることはできないのだろう、とぼんやりと彼の輪郭を目線でなぞりながらそう思う。 「まあでも、たまには悪くないかな。君と平和ボケするのも、」 「………………え。」 あまりに予想外の言葉であったために思い切りためを作ってしまえば、不機嫌そうな臨也の横顔が目に入る。 「ほんっと、ムードってものがわかってないよね、」 「すみません。あまりにびっくりして。もう一回言ってくれたりします?」 「するわけないでしょ。なんなら撤回したいくらいだよ。」 「えー、そこをなんとか。」 プラネタリウムの最中に垣間見えた、彼の無防備な寝顔を思う。この人はどういう気持ちで、自分の隣で何もかもをさらけ出しているのだろう。そう思えばほんの少しだけ泣きたくなった。 「……今日はどこか違う駅で降りて、新宿まで歩いて帰ろうか。」 どうしてこの人は、欲しい言葉をわかっているのだろうと思いながらこくりと頷く。本当はあてどもなく、臨也と夜を歩いていたかった。場所はどこでもよかった。東京であろうとなかろうと、星が見えようと見えまいと。そう、本当はあなたと一緒ならば、何処だっでよかったのだ。ねえ、きっとそれをあなたはわかっていたのでしょう。 |