短編2 | ナノ




※ちょっと百合です





「ひたぎちゃん!」

普段まるで意気地のないわたしが、まばらとはいえ人のいるバーで柄にもなく声を張り上げたのは、学生時代に大好きだった人を見つけたからだ。

「…あら、名字さん、久し振りね。」

そう言って、ほんの少し目を伏せた。睫毛が作る影が綺麗だと思った。



戦場ヶ原ひたぎには、手酷く振られた思い出がある。
当時(おそらく今も)阿良々木暦という男と付き合っていた彼女に、告白と言うよりも懇願した。
二番手でいい、友達の延長でいいから、と。
それほどまでに、喉が焦げ付くように彼女のことが好きだった。手に入れようと躍起になった。そんなわたしを、彼女は一蹴した。

『ひどい侮辱ね、笑えないわ』

侮蔑のこもった表情で。



「…久しぶりだね、ここにはよく来るの?」
「…いいえ初めてよ。暦と喧嘩して、ちょっと家を飛び出してきてしまったの。」

暦、という、その親しげな呼び方に一瞬だけ動きを止めながらも、わたしは努めて明るい表情でそうなんだ、と言葉を返した。もしかしたらもう彼女の名字は戦場ヶ原ではないのかもしれない、と思いながら。座りがけに、レッドアイをひとつ、とカウンターに声をかければ、あら。と彼女は驚いたような声を上げる。

「…驚いたわ。炭酸も飲めなかった名字さんが、まさかビールの類を飲めるようになっているなんて、」
「…高校生の時の話だよ。わたしだって大人になったの、」

つんと言葉を返しながらも、内心わたしは彼女が自分の好みを覚えていたという事実が嬉しかった。だが、その左手の薬指に指輪が光っているのを見つけて仕舞えば、やはり落胆する。


静かな音を立てて目の前にグラスが届く。真っ赤なそれをぐい、と傾ければ、良い飲みっぷりね、とひとごとのように彼女が呟いた。

「……私、別にあなたのことが嫌いとか、そういうわけではなかったのよ、」

だからこそ、その、あまりにも突飛な話題にわたしは噎せ返った。トマトの味が鼻につんときて、咳が止まらなくなる。

「…私はあなたのことが嫌いでなかったからこそ、あの言い方に心底かちんときたわ。そりゃもう、あなたが想像しているよりも、怒っていたわ。あなたと暦を大事にする方法を、私に考えさせてもくれなかったのだから、」

そんなことは御構い無し、と言いたげに淡々と彼女が言葉を紡ぐので、わたしは自分でその事態をなんとかしなくてはならなかった。何度か咳き込み、お冷やをひとつ、と頼んだ頃には、息が切れていた。

「……どうして、今、そんなことを、」
「……どうしてかしらね。別に今日、あなたと会うとも思っていなかったから、会わなければ一生言わないままだったでしょうね。そのくらいに思っていてくれればいいわ、」

そんなことを突然言われても困る。彼女にとっては取るに足らない問題なのかもしれないが、わたしには死活問題だ。


「…ねえ、お姉さんたち二人で飲んでるの?よかったら一緒にどう?」

ぐるぐると目を回していたわたしは、そんな誘いに即座に反応することができなかった。ひたぎの視線につられて声のした方を見れば、見知らぬ男がふたり、グラスをゆらゆらと揺らしていた。

「…ごめんなさい、私達、二人で飲みたいので、」
「そんなこと言わないでさあ、おいでよ。奢るよ?」

どうやら酒がまわりはじめているらしく、男は軽薄そうにへらりと笑った。そんな男たちの様子を、大した興味もなさそうにひたぎは一瞥する。そうして、唐突にわたしの方へと向き直った彼女は突然、その距離を詰めてきた。

…キスをされているのだ、と気づく。

しっかりと、数秒間、舌まで入れてきた彼女は大して悪びれた様子もなくわたしの目をじっと見やった。そうして、唖然としている男達二人の方へちらりと視線をやる。

「…私達、恋人なの。邪魔をしないで欲しいものね、」

いつもより幾分か甘やかな声をだした彼女は、再度思考が止まってしまったわたしに構うことなくくるりと正面を向き直る。あろうことか彼女がわたしの指に指輪のついた指を絡めてくると、男達は静かに視界からフェードアウトしていった。


「…何かのむ?お詫びに一杯奢るわ、」

事態についていけないわたしは、ぱくぱくと口を動かした。そんなわたしを見かねてか、彼女が手でバーテンダーを呼ぶ。

「…キス・インザ・ダークをふたつ、」

そうして何処と無く居心地悪そうにひたぎは顔を背けた。その、暗示のような酒の名前の意味を考える余裕は、わたしにはもう残っていない。彼女にしてはロマンティックで、そして残酷な演出だった。

「勘違いしないで頂戴。今のはあの二人を追っ払う咄嗟の嘘よ、」

…うん。わかる。わかるよひたぎちゃん。でもせめて、今繋いでるこの手は、もう少し繋いでてもいいかな。



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