ふとした瞬間、過るのだ。気づいてしまう。それはたとえば、この男の強さに触れたとき、優しさに触れたとき、この男を好きだ、と思ったとき。 「…ローさんにはやっぱり、敵わないなあ、」 呆れたような、諦めたような口調でそう告げれば、男はぐるりと首をこちらへ回した。今だって彼は、先刻奪った金品を、それがつまらないものであるかのように指先で持て余している。 「…どういう意味だ、」 こちらの言葉の意味を推し量り損ねたらしいローがそう問いかける。普段とさして違わないように見えて、今日の彼はどことなく上機嫌だ。だがそれを彼は理解していない。自分が強い、という事実は彼にとって大前提であるからだ。今更そんなことを機にする必要はないのだ。 「…ローさんとわたしには、何か、決定的な差異があるんだよ、」 「………同じ人間じゃねェか、」 そういうことではない、のだ。彼には彼なりの寂しさがあるように、自分にも自分なりの寂しさがある。 そう、自分はこの男の隣ではいつも、寂しい、のだ。 かつて自分にも、己の強さを疑わなかった時代があった。海へ出て、一人で生きてゆけると思っていた。自分は特別なのだと、自負していた。 だがそれを、酷く重そうな長刀であっさりと切り裂いたのはこの男だ。あの日、わたしは死んだのだ、とナマエは思う。自分がつまらない、特別でない人間だと悟った瞬間、人は死ぬのだ。 「ローさんは、他人の人生をあっさりと変えられる力を持ってる、」 そうしてわたしは、そちら側の人間ではない、という言葉を口の中で転がした。ローが険しい顔をしてこちらを睨んだからである。だが、それでも唇は止まらなかった。 「…わたしは、そっち側じゃなくていい。人生を変えられる側でいい。むしろそうでしか生きていけないし、ローさんに何度も塗り替えられることで、生きてゆけるの、」 ああ、空っぽでよかった、と思った。 この男に蹂躙されるのなら、この役に立たない体も悪くないと、今ならば思える。 「……俺は、お前がいないと生きていけないんだが、」 そんな、もらうのもおこがましいようなローの言葉は、けれど彼女には響かない。 「…それは、ローさんが男で、わたしが女だからだよ。生物学的な、何かだよ、」 にわかに信じがたいのだ。こんな大それた男が、自分なしでは生きてゆけないなど。 ナマエの言葉に、ローはさらに顔を歪める。何かを言い出そうとしたその唇を、ナマエは慌てたように自分のそれで塞いだ。そうでもしないと、泣き出してしまいそうだった。 「わたしはあなたを受け止めるだけの容れ物でいい、容れ物でいたい、だから、空っぽでよかった、」 本当は、享受する側だってそれなりに美味しい。受け止めるのは得意だ。受け入れてもらうよりも労力を要さない。 「…わたし、ローさんの隣なら、生きてゆけるよ、」 空っぽの体に、知らないことをたくさん流し込んで欲しい。あなたがはからずも人生を変えたつまらない女でいたい。わたしのことを、どうか生かして欲しい。 |