「まったく、実に忌々しい人間だ貴様は」 天井からぶらさがるそいつは奇妙な出で立ちで毒を吐いた。 その口ぶりは大層上からのものではあったが、不思議とどこか楽しげな様子である。 物理的にも、精神的にも優位に立っているそいつにとって、わたしは今どの程度の脅威なのだろうと考えた。 否、脅威ではないのだろう。彼にとってわたしは、 「我輩にとって貴様は染みだ、それも大層目障りな染みだ、」 想像していたよりも幾らか横暴なその認識に、しかしわたしは安堵していた。 調子に乗って彼に手を伸ばすと何やら尖った物体に腕ごとはね除けられるのがわかった。 たらり、と鮮血が滴る。それでも、明らかに致死量ではないそれ。 「人間の進化の可能性を真っ向から否定し、蔑んだ挙げ句に我魔人である我輩に縋り付こうなど、人間にとっても魔人にとっても大層な侮辱であるとは思わんのか?貴様はやはり、そんなことも考え至らない愚鈍な生き物なのだな、」 「…辛辣だなあ、」 やっとのことわたしが絞り出したのは、その一言のみであった。 そこには幾らか自嘲が含まれている。或いは、自分への、侮蔑が。 「貴様には最早、哀れむ余地もない、」 涼しい顔で言い切るネウロに、わたしはまた救われる。 こいつにどのくらい複雑な感情が組み込まれているのか、わたしにはわからない。 だからこそ彼はわたしを救ってしまう。何度でも。すれ違いの中で。 「わたしには、人間の進化とかどうでもいいんだよ。わたしの中で死んだ人間はもう生き返ることはない。死人に口なしというでしょう?わたしに失望して、わたしも失望した人間とは金輪際、分かり合える余地なんてないんだよ、」 「……腐りきっているな、貴様の性根というものは」 「なんとでもいうがいいよ、」 仄暗い部屋の中、段々と魔人の輪郭が薄れてゆく。もうすぐ夜がくるらしい。 「わたしが、たった一人だけの人間だったらよかったのに、」 どうしてこんなにも、人間の沢山いる世界に生まれて来てしまったのだろう。こんな世界の中で、自分を保って生きていくのは至難の業だ。だからこそ、たった一人だけだったなら良かったのに、と思う。わたしだけが、たった一人の人間だったなら。自分と違う種族の生き物をうらやんだり蔑んだりするだけで住んだのに。どうして同じようなラインに並ぶ同じ種族をうらやんだり蔑んだりしなくてはならないのだろう。 「…わたしは、キミがうらやましいよ。ねえ、自分がこの世で最も強い生き物だと、自負できる気分はどう?ネウロ、」 暗闇に問いかけてみても返事はない。人間を憎み、人間として生きることを諦めたいわたしはもう、彼に縋り付くしかないのだ。そうでないのなら、あるいは、 「…ならいっそ、殺してくれていいのに。キミのように強いものに蹂躙されるのは、嫌いじゃないよ、」 それが無理なら、縋ることを許してくれないのなら、今この場で、どうしようもないような抗えない力で、憎む労力もわき上がらないほどの力で、わたしを滅茶苦茶にしてくれたならいいのに。そうやって誰かにどうにかしてもらえなければ、諦めることすらできないのだ、わたしは。 |