○いちまんだ | ナノ

ナマエがハイヒールの靴を買ったらしい、という噂は、ハートの海賊団の中でまことしやかに囁かれていた。実用性のあるものばかりを好む彼女が、どうしてだか選んだ、豪奢なハイヒール。

「…そんなんでちゃんと戦えんのか、」

ローの言葉に、はっとナマエは振り返った。その手には例の真っ赤なハイヒールが握られていた。だが、彼女の足下はいつも通りの、洒落っ気のないぺたりとしたスニーカーがきちんと並んでおり、それが余計にローの不信感を募らせた。そんな実用性のないものを、何故。

「…ちゃんと戦えます、自分の身くらい自分で守るので、」

その言葉に彼女は不服そうに口を尖らせながらそう言った。そこまでわかっているのなら、何故。とローが声をあげる前に、ナマエはぱたぱたと走り去ってしまう。その胸に赤い靴をぎゅ、と抱きしめながら。




「なんだキャプテンそんなこと言っちゃったんですか〜」

くどくどと飲み会の最中、そんな口ぶりで絡んで来たのはシャチで、その言葉にローは「あ?」と低い声でそちらを睨みつける。周囲を見回せば、他のクルーも皆一様ににやにやと笑ったり、あちゃーと顔を顰めてみせたりと思い思いの反応を見せている。どうやら自分以外には彼女の意図が知れ渡っているらしい、その事実が余計にローの眉間の皺を深めた。

「言え」

鬼哭を突きつけながら端的に2文字でシャチへ説明を求めれば、彼はひ、と声をあげて途端にぽりぽりと頭を掻く。

「あーー、でもこれ言ったらナマエに怒られるんじゃねえかな…」
「いいから言え、」

煮え切らないシャチの様子に再度脅迫めいた声をあげれば、降参とでも言いたげに彼は両手をあげてみせた。その様に周囲のクルー達もやれやれ〜!などと囃し立ててみせている。その様子にはあ、とため息をひとつ吐いたシャチは口を開いた。

「ナマエには内緒っすよ、実はあいつーーーーー」





「おい、ナマエ、」

ぼんやりと自室で窓の外を見上げていた彼女は、ローの言葉にばっと振り返った。部屋の床には、真っ赤なハイヒールが無造作に放り投げられており、ローはその事実に小さく微笑む。彼女の不服そうな顔も反抗的な態度も、先ほどのシャチの話を聞いてからではなんともいじらしく見えるばかりだ。

「…何の用ですか。勝手に入ってこないでくださいっていつも言ってますよね?」

ナマエの言葉を無視して部屋を突き進み、その靴を拾い上げると彼女は怪訝な顔をした。その様子にまたローは笑みを深める。

「…はいてみろ、」
「嫌です、」

彼女の足下にご丁寧にその靴を並べれば、彼女はつんと顔を背けた。「いいからはけ、」と声を低めてみれば、不服そうな視線とかち合う。だが、こうなったローが頑として譲らないことを知っているのかそのままの表情で彼女はその靴に足を通してみせる。

「…これで満足ですか?一体なんだってこんな…」

ぶつくさと文句を垂れるその口は、急にずいと距離を詰めたローの顔をみて不意に止まった。

「それをはくと、俺との距離が近づいて嬉しい、と聞いたがそれはそういう意味でとらえていいんだよな?」

耳元でわざとらしくそう呟けば、彼女は驚きに目を見開いた後に「シャチのやつ…」と良いながら顔を真っ赤に染めた。くるくると変わるその様が、途端に熱っぽくなった吐息が面白くなってローはさらに彼女との距離を詰めてみせる。

「ちょ、っと、もう、やめてください…」

やめない、やめる筈がない。抱き寄せた彼女がバランスを崩す、ローの方へと体重を預ける。逃げられるわけがないだろう、そんな靴を履いて。

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