「…あ、いたいた名前ちゃん、」 ふらふらとC3までの道を、どことなく夢の中のような気分で歩いていれば、耳慣れた声と共に手首を掴まれる感覚がした。 「…吊戯さん、」 思いがけない展開に名前は目を見開いた。わざわざ探しまわってくれたのだろうか、どことなく疲れた顔の吊戯が力なく笑っていた。 「…もう、あんまり遅くなっちゃ駄目だよって言ったじゃん、聞いてた?」 「…すみません、社交辞令かと…」 正直にそう告げれば、彼は諦めたようにまたへにゃりと笑った。いつも何とも思わないその微笑みは、夕暮れの街の匂いと光の中で見ると、途端に寂しげなものに見えた。 「…名前ちゃん、その靴可愛いね。」 「…ありがとうございます。この間買ったんですよ、」 「……その髪も、可愛い。もしかして弓ちゃんにやってもらった?」 「……すごい、なんでわかるんですか?」 「………その指輪は、何?」 「………えーと。貰い物で、」 「…………なんか首にキスマークもあるし、」 「…………これはあの、虫さされで、」 「おまけに国ちゃんの匂いがするんだけど、」 「…えーと、」 畳み掛けるようなその言葉のラッシュに口ごもると、途端に吊戯は不服そうな表情を見せる。どうしたものか、と視線を泳がせていれば、握られたままの手首が強く引かれ、彼の胸に抱きとめられた。反対の手が、髪をさらさらと撫でる感覚が心地よく、思わず名前は目を閉じた。それを合図にしたかのように、彼の息づかいが近づいてくる感覚がした名前は慌てて目を開けた。 「…」 「…えっと、同じ手は食いませんよ…」 ほんの少し困った顔で笑ってみせれば、吊戯は一瞬だけ驚いた顔をした後に穏やかに笑った。困り顔をするかと思っていた名前があっけにとられていれば、再度その顔は名前の目前へ迫りゆっくりと唇を押し付けた。 「…あんまり可愛くなりすぎないでよね、オレが困るから、」 「……えーと、」 まったくの予想外であった展開に名前はぐるぐると頭を働かせた。キスをされたのだ、と気がつけばぼっと体中が熱をもった。その様子に満足がいったのか、吊戯は体を離すと、緩く名前の手を引いた。 「…帰ろう。今日は随分お楽しみだったみたいだし、色々聞かせてもらわなきゃなあ、」 「…えーと、吊戯さん?」 「お家に帰るまでがデートだからね、名前ちゃん、」 念を押すかのように振り返った吊戯に今度は素早くキスをされてしまえば何も言えなくなってしまう。視界の端では日が暮れ始めていた。少しずつ夜の匂いが広がり始めた街の中で、名前はぎゅとつながれた手を強く握り返した。 |