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猫も杓子も(臨也)





閉店間際のスーパーで出会う人は、不思議といつもより親近感を感じるとおもう。
くたびれた背広を着たサラリーマンも、学校帰りの学生もこれから自分と同じように、帰る場所へ収束してゆくのだと思うとなんだか愛おしい。たとえば肩がぶつかっても、普段より寛容な気持ちで笑える気がする。

「やあ、」

だからこそ、彼に出会ったわたしが買い物かごを取り落としかけたことは当然のことであると思う。
なんというか、折原臨也というのはそういった生活感を感じさせない男、なのである。

「臨也さん…」
「社会人一年目で草臥れてるのに、自炊してるだなんてほんとに偉いねえ、」

籠の中身を覗き込みながら、彼はそう呟いた。
一方の彼の籠の中には、すぐに食べれそうな惣菜が数種類詰め込まれている。夜食にでもなるのだろうか。

まるで生活感を感じない男が、こうして同じ閉店間際のスーパーにいることに幾らかの安堵を覚える。言って仕舞えばこの男もきちんと、地に足をつけて生きているのだということ。

「仕事帰りに買ってかないと、家に帰ったらそのまま寝ちゃうんですよ、」
こちらの警戒がいくらか解けたことが伝わったらしい。彼もまた、温度を感じさせるかのような笑顔を見せた。
「ああ、なんとなく、わかるな、その感じ」

この男と感覚を共有することができたことに、不思議と安心感を覚えた。
存外悪い人ではないのかもしれない、とさえ。

「臨也さんは夜食かなにかですか?お惣菜ばっかりだと体に悪いですよ、」

何の気は無しに籠の中身を覗き込むと、彼はにやりと口角をあげた。あれ。さっきまでの爽やかな笑顔はどこにいったんだろう。


「それではここで名字さんに問題です」

ああ、そうだった。わたしの目の前にいるこの男は折原臨也なのだ。わたしはなにを勘違いしていたのだろう。
この男と、閉店間際のスーパーですれ違っただけで、親近感や生活感を感じてしまう方が、お門違いなのだと、わたしは今更気付いた。

「ひとつめ、偶然にも明日は君の会社は休みである。ふたつめ、外にはおあつらえ向きにタクシーが待っている。そしてみっつめ、新宿の情報屋である俺がわざわざこんなに使いにくい場所にあるスーパーをわざわざ使っている。」

ずいっと、目の前に指が3本立てられる。目を見開いたままのわたしの額に、彼はとどめを刺すかのように触れた。

「さあこの3つと、俺の籠の中身をみたことを踏まえて、君が今からとるべき正しい行動は一体なんでしょう?」

思わず口ごもった。
わたしは目を白黒させるばかりである。

「…質問です、」
「はいどうぞ。」
「どうしてわたしの会社が明日休みなのを知っているんですか?」
「そりゃあ俺が無敵で素敵な情報屋だから、」
「臨也さんて割と寒いですね、」

わたしのそんな言葉は歯牙にもかけずに、他には?なんて言ってのける彼は、段々とこのスーパーにそぐわない人間になってきているように思う。


「さあ時間切れ」

彼は嬉しそうにそう言うと、事もあろうに、わたしの籠をひょいと奪いあげた。
「…え?」
「それじゃあいこうか、」

そのままレジへ直行する彼のコートの裾を掴もうとしたが時すでに遅し。
空いているレジにぽん、と籠を置いた彼はすっとブラックカードを取り出した。

「…もしかしてわたしのこと待ってたりしました?」
「なに調子乗ってるの、ほらいくよ、」
「ちょっと!もう!」


日常に突然、非日常の塊が落ちてきた。
籠の中の食材を思い出しながら、今夜の料理の算段をたてる。

恋人でもない男に料理を作る週末が始まる。
少しずつ搾取されていく。




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