short | ナノ




皿の上の星屑(サンジ、ロー)




性懲りもなくさらにこれの続き

「サンジ、」

ひょっこりと顔を覗かせたのは、滅多に昼間にキッチンを訪れない女だった。

「手伝ってもいい?」
「あ、ああ…」

突然のナマエの登場に面食らったサンジは、思わず呆けたような声をだしてしまう。
そんなサンジをものともせず、ナマエはサンジが洗い終わった皿を一枚一枚丁寧に拭き始めた。

「ごめんね、突然。」
「いや…」

何かあった?と聞こうとしたサンジの脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。突然現れてあっという間に彼女を奪っていったあの男は、何をしているのだろう。
食器を洗い続けるサンジの横で、黙ったまま皿を拭き続ける彼女の真意が見えなかった。

「…お皿、洗うのって大変なんだね、」
「え?」
「いつもサンジはこれをぜんぶ一人で洗ってるんでしょ?こんなに大変だったなんてこと、知らなかったなと思って、」

予想外の言葉にああ、まあ、と歯切れの悪い返事をしてしまう。その様子に、らしくないね、と彼女が笑う。
君のせいなんだけど、と思いながらもそれを言い出すこともできず、サンジは小さく苦笑する。



「ふう、ありがとうな、助かったよ、」

彼女の協力の甲斐もあり、いつもよりもキッチンの片付けは早く終わった。

「ううん。大して手伝ってないし、ほとんどサンジがやってくれちゃったよ。むしろいろいろ教えてくれてありがとう、」

そう言いながら彼女はほんの少しだけ寂しそうに笑う。
ああ、こういうところだ、とサンジは思った。
何をしていてもどこか寂しげで、自分のことを無意識に殺しながら相手を立てようとしてしまうところ。それを打ち消すように笑うところ。
こういうところが、目が離せなかったのだ。

「…わたしね、ずっと気がついてた、」
「………何を?」

思い詰めたような彼女の言葉にどきりとした。
自分が彼女を、ほんの少しだけ特別な目で見ていたことを、彼女は知っていたのかもしれない、と怖くなった。
だが、意を決したように顔をあげたナマエは真剣な顔つきをしており、その目はサンジを責め立てようとしている目には見えなかった。

「サンジが、さりげなくわたしの飲み物だけをホットミルクにしてくれていたこと、眠りが深くなるようなお酒ばかりを戸棚の前の方に並べていてくれたこと、時折お酒のつまみを冷蔵庫にいれておいてくれたこと、」

指折り数えながら必死に並び立てるナマエに、サンジは絶句した。言葉を失ったサンジに、彼女は眉を下げる。

「…わたしの不眠症に気づいてくれてたんだよね?でも、わたしはそんなサンジに気づきながら、甘んじてそれを受け入れていた、」
「…違う、それは俺が好きでやっていたことで「違うの、」

普段から、人のことばかりを考えていて、どこか一歩引いたように生きている彼女が他人の言葉を遮るのは珍しいことであった。そんなナマエの様子に気がついたサンジは、思わず口を噤む。

「違うの。それならわたしはサンジに助けてって、お酒を一緒にのみたい、って言えばよかったんだ。それなのに、黙ってた。サンジが声をかけてくれるのを、待ってた。あのね、わたしはそういう女だったんだ、そしてそれを、今わざわざサンジに言いにくる女なんだよ、」

辿々しく言葉を紡ぐ彼女は、精一杯何かを伝えようとしているようだった。回りくどいそれを、どうしてだか愛おしいと思った。
その言葉の意味を、ゆっくりと考える。ゆっくりと考えてそして、言葉にする。

「俺も…君と同じだ。ナマエちゃんの不眠症に気づきながら、助けることをしなかった。ナマエちゃんが俺に助けてって縋りにくるのを待っていたんだ。その理論でいうなら、君と同じだよ。俺も、ずるい男だ、」

そう続けると、彼女は一瞬だけきょとんとした顔をしたあとに、困ったように眉を下げた。

「あの、わたし、そういうつもりで言ったんじゃなくて「わかるよ、」

彼女の唇にそっと指先で触れて、言葉を殺すとナマエは押し黙った。

「まだ、続きがあるんだろう?それくらいは、わかるよ、」

ずっと君のことを見てきたんだから、という言葉を押し殺し、そう呟くと彼女は再度意を決したように頷いた。

「でもね、ずっと言わなくちゃって思ってたの………わたしのそんな弱がりに、性懲りもなく付き合ってくれてありがとう、」

予想通りのそれに、サンジは小さく頷いた。頷くと同時に、もう一度、ああ、こういうところだ。と思う。


こういうところが、好きだったんだよなあ。


自分の弱さも相手の弱さも認めて、丸く抱きしめた上で最後には、相手にお礼までも言えてしまうところ。

そのことを思い知った途端、気づけば彼女を正面から抱きしめていた。一瞬硬直した後、彼女はふるふると首をふり、逃げ出そうとする。

「ちょ、サンジ、「ごめん、ちょっとだけこうさせて、」

サンジの弱り切った言葉に、彼女がはっと息をのむのを感じた。それと同時に、暴れていた体は大人しくなる。だが、その顔は腕の中で下を向いたままであり、表情を窺うことはできない。彼女なりに、ローへの罪悪感を感じているのかもしれない。

「あのね、サンジ…わたしね、「知ってるよ、」

トラ男が好きなんだろう?とそっと耳元で囁くと、彼女はぱっと顔をあげた。ふるり、とまつげを震わせ、困ったようにうん…と呟いたナマエを見た瞬間、サンジはその額にキスを落としていた。
え!と彼女が小さく悲鳴をあげる。

キッチンの外で、恐らく聞き耳を立てていたであろうひとつの気配がたじろぐように揺れるのを感じた。
その気配に些か優越感を感じる自分と、驚きながらも抱きしめられたままの彼女、入り込んでくることもできないローを思い、誰がいちばん狡くて、どうしようもない人間だろうか、とサンジは小さくため息を吐いた。吐いてから、どう考えても自分じゃないか、と思い知る。ああ、どうしようもないのならこのままいっそ、どうにかなってしまえればいいのに。優しい君はそれすらも、許してくれないんだろう?

[ 30/57 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -