獣になりたい、と思う。
人間よりも短く眠り、人間よりも少ない食物で生き永らえる、
そうやって、馬鹿だねえと、人間を嘲笑ってやりたいのだ。
「そりゃ大層な野望だ、世界一の剣豪や海賊王に負けず劣らない目標だな、」
しゅぽ、と煙草に火がつく音。
彼の煙に塗れた相槌が欲しいわたしは、また今日もキッチンを訪れてしまう。
「……サンジくんのそれは、本物?」
「それって?」
「メロリンとか、女は蹴らねえとか、そういうやつ、全般」
サンジは煙草の煙をふかしながら宙を見上げる。
彼のこういう大人な表情が好きだ。恐らく、伝わっていないだろうけれど。
「………俺はちゃんとナマエちゃんのこと、考えてるよ」
「…女の子っていう括りじゃなくて、サンジくんはちゃんとそれぞれのことを愛してるってニュアンスであってる?」
「そういうこと。俺、ナマエちゃんのそういう頭いいところ、好きだな、」
わかりにくいニュアンスで伝えたつもりが、一番欲しい答えが返ってきてしまったわたしは口ごもる。
「……わたしまだ獣じゃないけど、サンジくんのことばかだなあって思うよ、」
「君に馬鹿呼ばわりされるなら俺は構わねえよ、むしろ本望と言ってもいい、」
本当に馬鹿な男である。
この船で誰よりも短く眠り、誰よりも少ない食事をし、誰よりも船員を愛しているのは彼だ。
「獣になったらサンジくんに丸焼きにされちゃうのかな、」
「…悪くねえな、ナマエちゃんの丸焼きなら美味そうだ、」
「もう…!」
脈絡のない会話に我ながらほとほと嫌気がさす。そしてわたしは、的確な答えを返してくれる彼の元をますます離れられなくなる。
「わたしもサンジくんの、そういうところ、すごく好きだよ、」
「そういうところって?」
「…獣になったら君のこと愛せなくなるよ、とか言わないところ」
「…」
「というか、そう言ってわたしのことを馬鹿にしないところ、引き止めないところ、」
そこまで言うと、彼は大層困った、とでも言いたげな表情をした。
煙草をもった腕をぽろりと下げた彼は、彼らしからぬ弱々しい表情で、だって、と呟いた。
「だって、そう言ったら、君は困るだろう?」
その言葉が事実であることがさも当たり前であるということ、そして彼自身がわたしを守ろうとしたことになんの間違いもないとでもいうような、そんな表情だった。
思わず、小さく笑みを漏らしたわたしを、彼は不思議そうな表情で見つめている。
「相変わらず、底なしだなあサンジくんは、」
「…そこなし?」
「サンジくんの優しさの底がわたしには見えないよ、」
ああ、でも。獣になったら彼のこの優しさをわたしは体で受け止めることができなくなるのか。
そんな風に、後ろ髪を引かれることばかりなのだ、そしてその程度で揺らいでしまうようなものだ、わたしの野望など。
「…俺は、長く眠るナマエちゃんも、いっぱい食べるナマエちゃんも、ちゃんと好きだよ、」
「……やっぱり馬鹿だよ、サンジくんは、」
困り顔をした彼が念を押すように呟いたのは、やっぱりそんな底なしへ、わたしを引き込む甘い甘い言葉なのだ、今日も。
[mokuji]
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