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◯◯しないと出られない部屋3(臨也)





「あたまいった……」

がんがんと痛む頭を抱えながら、目覚めたのは見慣れた自分の部屋であった。
ふと隣を見れば、居心地が悪そうにこちらと目を合わせようとしない臨也が目に入った。

いつから起きていたのだろう。
いつも通りの黒い服を纏った臨也は、眉間に皺を寄せたまま宙を睨んでいる。

ベッドの下には、昨日帰ってきた時と同じバッグが転がっていて、その口からはミネラルウォーターのペットボトルが覗いていたので取り出す。

「…ん、」

一口飲んだ後、隣の臨也にそれを手渡すと、彼は何も言わずにそれを受け取った。



「……どうする?」

長い長い沈黙の後、彼はぼそりと呟いた。

「どうする?って、どういうこと」

その言葉が、いつもよりも冷たさを孕んでいる気がして、こちらもすこしつっけんどんになってしまう。

「…俺は、今更平和な生活に戻る気はないし、たとえば今回みたいに何かに巻き込まれた時、君を命を張って守るようなことはできないし、しない。今が潮時だと思うけど、」

暗に別れを切り出されているのかもしれない。その気配を察知して、身を硬くしたこちらに、臨也は再度ミネラルウォーターを口に含んだ。
その様子はいやに他人行儀で、わたしの決して低くはない沸点へ怒りを到達させるのには十分だった。

「……臨也はいつもそう、そうやってわたしにばっかり判断を仰ぐ、」

一言目を紡いだ途端、ぶわっと激情が流れてくるのを感じた。
涙がひとつぽろりとこぼれ落ちて、けれど臨也は今度は動じることはなかった。その事実に、たまらなく置いて行かれた気持ちになったわたしは気づけば臨也の手首を握りしめていた。

「わたしにばっかり判断を仰がないで!臨也がどうしたいのかちゃんと教えてよ!」

ああ、これじゃあいつもと何も変わらない、と思った。
猫になったこの男を見分けることはできても、わたしは臨也の本心が、見えない。

「……そういう名前だって、いつもそうやって泣いたり怒りだしたり…俺だってこれでもいろいろ考えた上で言ってるんだよ?そのへんはどう思ってるの?」
「だからわたしはそのいろいろを知りたいの!そこをいつも伝えてくれないからわからなくなるんじゃない…」

堂々巡りになってしまいそうな会話の気配を感じ、お互いに口を噤んだ。


「………俺があの部屋に着いたとき、既に体は猫になっていた。君は他の部屋から来たみたいだけど、その部屋にも紙があったろう?なんて書いてあった?」
「……どうして今そんなことを聞くの?」
「いいから答えて、」

至近距離の筈の彼の真意が読めなかった。
噛み付かんばかりのこちらの剣幕に対し、彼はやけに冷静だった。

「…本物を見つけないと出られない部屋、っていうのと、チャンスは一度だけ、みたいなことが書いてあったけど…」

それがこの会話にどう関係してくるのか、と問いただそうとした瞬間、臨也がおもむろにポケットからぐしゃぐしゃになった紙を取り出した。

『本物を当ててもらわないと出られない部屋』


そこには、シンプルにそう書かれていた。

「……なに、どういうこと、」
「いいから、裏面も読んで、」

そこまで言った臨也は顔を背けてしまう。
わけがわからないながらも裏返した紙には、少しだけ長い文章が書かれていた。


『この部屋はあなたの深層意識と繋がっています。訪れるのは、あなたが日頃無意識に求めている相手です』


「…」
「起きたら猫まみれの部屋にいるし、自分の体は猫になってるし、こんな紙しかないしわけがわからなかったよ、」



言葉を失ったこちらにお構いなしに臨也は続ける。

「こんな不思議体験をしないと自分の気持ちにも気づけないなんて、本当に馬鹿な話だと思うし、俺は君の困り顔がやっぱり好きな碌でもない男だけど、そのうえでどうするのか、ちゃんと聞かせてよ、」

今度は怒ったり泣いたりしないでさ、


そう言った臨也は、先程と同じバツの悪そうな顔をしていた。
それが急に愛おしくなってしまったわたしは、言葉を失くして、臨也にそっと体を寄せた。

「……俺がこんなに何もかもを吐露するなんて、もうどうにかなっちゃってるのかもね、」
「……そうだね。1度くらい猫にもなってみるものだね、」

ため息を吐く彼の体からは、猫の匂いがした。



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