○わん | ナノ

16.ふれたらとけてしまう



「「「「「乾杯だァァァ!!!!」」」」

酒場に響き渡る男共の声に、ローはうるせえと言いながらも口角をあげた。
結成当初は5人だったハートの海賊団も、ノースブルーを経てグランドラインを進めば、少しずつ人数も増え始めていた。
白いつなぎの男の隙間で、ちょこまかと乾杯をしたりお酒を注いだりと忙しそうなのは相変わらずナマエで、その様子をローはなんとなく見つめる。

新しいクルーが入るたび、皆一様に少なからずナマエを特別な目で見ることに、ローは気が付いていた。こんな男所帯の中に女1人ともなれば、それが忠犬のように自分に尻尾を振ってくるような女であればそうなるのは当然の結果である。一度たりとも彼女をそういう目で見たことがないのは、ベポくらいのものではないか。ペンギンとシャチはある程度割り切っているらしく、彼女のことを「妹分」と称しているが、シャチは時折「セクハラ!」とナマエに引っ叩かれていることもある。

元々大人びた様子のナマエは、ローと同い年くらいに見られることも少なくなく、まして人当たりのいいあの性格である。この船に乗り込んできたいかなる屈強な男とはいえど、彼女に邪な感情を抱いてしまうことも頷ける。
だが、そう言った輩を排除、あるいは抑制するのはローの役目かと言われると、そうではない。

意識的か、無意識にかはわからない。だが、彼女は頑に自身の内側に他者を踏み込ませようとはしなかった。それも、相手を傷つけないやり方で。

爪の先から足の先まで、彼女は神経を張りつめさせている。彼女は必死に息をしている。息をする場所を確立させるために、必死に息をしているのだ。彼女は上手に周囲と打ちとける一方で、周囲に寄りかかりすぎないようにしている。理由は明確だ。その周囲に疎まれないようにするため、そして周囲を失ってもひとりで生きてゆけるようにするため。
彼女の生きるバランスは、一度触れたら崩れてしまうようなやわなものではない。そうではなく、触れる度にだんだんとほつれていく様を想像させる。彼女自身もそれをわかっているのだ。だからこそ踏み込ませない。生きていくことに労力を最大限使っている彼女に、何度も触れれば壊れてしまうような彼女に、次第に男は気後れする。自分では到底守りきれないと悟る。
…嘘だと思うか?そんな生きづらい生き方を選択する女が居ると思うか?そしてそんな女の外堀を、長く長く埋め続けている男がいると思うか?

だが、ナマエは今日も、忠犬のように尻尾をふってみせる一方で、撫でられる事に怯えている。誰かの大切な者になることを怯えている。誰かを大切だと思ってしまうことに怯えている。地にしっかりと足をつけてしまうことに怯えている。
言葉にしてもおそらくわからない、体に教え込ませるしかない、と悟ったローが彼女を連れ回して早くも10年が経とうとしていた。彼女が守り続けているこの距離感を壊すべきかどうか、ローは今日も手を伸ばしあぐねている。

もし自分の他に、彼女の核に気づいた者が現れたら彼女はどうするのだろう。
それも、自分のように回りくどいやり方ではなく、正面から彼女を抱きしめてやれるような男が現れたら、


「キャプテンー、飲んでますか?この島のお酒美味しいですよ!」

いつからか自分のことを、「キャプテン」と呼ぶようになったナマエの言葉に、ローは今日も小さく笑うことしかできない。

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