「ねえベポ、そろそろキャプテンも手配書でるのかな、」
甲板の隅で小さく丸まっていたナマエは、隣でうとうとと舟を漕いでいた航海士に問いかけた。
「う〜ん、そうだな、ノースブルーでも結構暴れたし、そろそろかもしれないね…」
寝起きのぼんやりした頭で答えると、ナマエの方もぼんやりした様子でそっかあと小さく呟く。彼女も寝起きなのかもしれない。
「グランドラインに入る頃には、もっと仲間も増えるだろうし、懸賞金もどんどんあがってどんどん名のある海賊からも襲われたりするのかなあ……」
「そうだねえ…」
舟の心地良い揺れと、物静かな彼女の声のトーンにベポは再度眠りの世界へと落ちかけている。そんなベポの様子に気づかない彼女は、ぼんやりと前方の海を見据えている。
「ねえベポ、」
「んー?」
「……わたし、悪魔の実とか食べた方がいいのかな、」
「なんでだよ!!」
突然の爆弾発言にベポが思わず立ち上がると、ナマエは驚いたようにそちらを見上げた。
「なんでそんな突拍子もない話になってるんだよ〜!!ナマエ泳ぐの好きじゃん!泳げなくなっていいの!?」
ゆさゆさと彼女の肩を揺さぶると、それまで張り付いていたらしい涙がぽろぽろと落ち、それがまたベポを動揺させた。
「えええー!?なんで泣くのどうしたのナマエ…」
普段の泣かない、負けない、強い子!の彼女は何処へ行ってしまったのだろう。眉を寄せ、肩をひくつかせる彼女の様子は明らかにいつもと違っている。
「…わたしは女だし……特別格闘技も剣も強くないし………いつか、もしかしたらみんなの足手まといになる日がくるかもしれない……」
「ええ、そんなこと言わないでよ……キャプテンもみんなも俺もナマエのこと大好きなんだから…」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ彼女をよしよしと宥めながら、ベポは内心動揺していた。彼女のこんな様子を見るのは初めてである。
「…大丈夫だよ。ナマエが居るから俺たち此処まで来れたんだから…」
「でも……わたしには、何もないから…」
「ナマエ…」
此処でベポに詰め寄ることはお門違いだとわかっているのか、彼女はそれきり何も言わなかった。代わりに静かに泣き続けるナマエの頭を、撫で続けることしかできないベポは途方に暮れていた。
「おい、どうした」
身動きのとれなくなってしまったベポを不思議に思ったローが訪れる頃には、彼女は静かに寝息をたてていた。
「…なんでもないよ、疲れて寝ちゃったみたい、」
涙の跡の残る顔をローに隠すように彼女を抱き寄せると、ローはしばし黙った後にそうか、とだけ呟いた。
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