20.古びた背骨をなぞる
「あれ、いない……」
昨日確かに会話をしたその場所には、彼の姿はなかった。
困り果てたナマエはちらり、とローを見上げる。彼の方はどことなく予想の範疇であったのか、さほど驚いた顔はしていない。
「キャプテン、いない…」
「みてえだな、」
ローとナマエが2人、周囲を見回してみても、昨日の男はおろか汚い字で書かれた看板も、彼が座っていた椅子さえも見つけることができなかった。
「…あの、昨日ここにいた占い師のお兄さんを知りませんか?」
向かいの八百屋の店主らしき男にナマエがおずおずと問いかける。すると、気の良さそうな店主はああ!といい音を鳴らして手を打つ。
「あの変な兄ちゃんね。なんだか昨日、怖い海賊に絡まれたとかなんとかで、島の反対側へ移動したって聞いたよ。背の高くて目つきの悪い海賊だったって聞いたから、お嬢ちゃんも気をつけな、」
店主の言葉に、ナマエは目を見開く。そして、気まずそうにローの方を見上げた。普段ならばここでシャチが耐えきれずに爆笑し、ばらされるという展開なのだが、生憎彼の姿はない。あは、とナマエは笑ってこの場を切り抜けることにする。店主の方も、まさかナマエが海賊であること、そして隣の目つきの悪い男が賞金首であるということは露程も思わないらしい。お礼を言うとひらひらと手を振って二人を見送ってくれた。
「そしたら、島の反対側に行ってみましょうか…」
「…そうだな。反対側はこっちに比べて治安が悪いらしい。怖い海賊に絡まれてなきゃいいけどな、」
意外と根に持ってる…!と感じ取ったナマエは気まずそうに目を逸らした。
「…そ、それにしてもバケバケの実なんてすごいですよね!そんな能力があるならわたしも死んだおじいちゃんと話してみたいなあなんて、」
「……そうだな、」
話題を変えようと別の話を振ると、ローが少しだけ言い淀む。その僅かな機微をナマエは見逃さなかった。付き合いの年月は長いのだ。
(もしそんな実があるのなら、キャプテンは、誰に会いたいんだろう…)
ローの過去が明るいものではないということには、薄々気が付いていた。初めて会った時の、荒んだ彼の目、オペオペの実、体の白い斑点。あれらが何を意味し、彼を構成していたのか。きっと自分には想像もできないことなのだろうとナマエはいつもそこで思考をやめてしまう。交われるはず無いのだ、ナマエがナマエであるように、ローはローだ。どれほど好きだろうと、愛していようと。
島の反対側に着くと、案の定というべきか、お約束のように彼は海賊に絡まれていた。
「…ROOM、」
その様子を見たローは不機嫌そうに能力を発動する。これ以上この件に時間をかけたくないらしい。
「…キャプテン、たまにはわたしがいきます、」
何処か不機嫌そうな様子のローにそう告げると、彼は小さくナマエを睨む。だが、一応ナマエも海賊の端くれだ。たまには彼にいいところを見せたい。
「新技!あれ、練習したやつやりましょうよ!」
懐から薬物を取り出しながらナマエがそう言うと、ローは遠くを見つめながら「…それもそうだな、」と呟く。
「…無茶はするなよ、」
「アイアイ、」
言いながらローが巨大なサークルを作る。そしておもむろに空に向かって小石を投げた。
「シャンブルズ、」
それは数秒後にナマエの姿に変わる。突然降って湧いたナマエの姿に、占い師の男とその周囲の海賊は目を見開いた。
そして、何やら怪しげな薬を嬉しそうに空から撒き散らす彼女の姿を最後に、男達は意識を手放したのであった。
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