彼と彼女の再会 【前編】


少しずつ寒い日も少なくなり始めた三月のある日。
見覚えのない番号から着信があった。
見覚えが無いのだから出る必要も無いかと着信音が止むまで放ったらかしにしていたが、さすがに三回もそれが続いたので渋々半分、誰からだろうと云う興味本位半分でその電話に出た。

「あの、純さんですか?」

若い男の声。
誰だろう?

「はい。純ですが……」

「良かった。間違ってたらどうしようかと……純さん、突然何ですが今度の日曜日は空いてますか? 」
安堵のため息をしたかと思うと電話の向こうの相手はどんどん話を進めていく。
「ちょ、ちょっと待って。あの、どちら様でしょうか? 」
途端に静かになる。
一瞬のはずが長く感じる気まずい空気。
私は誰と話をしているのだろうか?

「あーその。俺のこと、覚えて……ない、ですか? 」
「ごめん、なさい」
私、全然記憶ないんだけど。
プライベートで仲の良い男の人なんてゼロに近い。だとしたら会社関係?
でも、仕事とプライベートはきっちりと分けるタイプの私が電話番号を教えているだなんて相当の相手だ。
忘れているなんてありえない。
誰?誰なの?

「クリスマス、一緒に過ごしたんですけど……覚えてないですか? 」
クリスマス?
クリスマスは朱里が無理矢理パーティーに誘ってきて嫌々だったけど参加した。それから、それから……ヤケになって年下の男の子と寝た。

「弓月です」

嗚呼、思い出したくない記憶が蘇ってくる。
「なんで私の番号知ってるの……」
「名刺交換したのも覚えてないですか? 」
名刺交換?
確かに朱里のパーティーだから人脈を広げるにはいい機会だと思って名刺は持っていった。
そうだ。この年下くんとも名刺交換したような気がする。
「そう、そうだったわね。ごめんなさい」
「いえ、いいんです。あの後、すぐに連絡しなかったから」
もう、この話題も記憶の遠くにいる年下くんともお別れしたい。
「で、何かしら? 今、忙しくて」
もちろん嘘だ。
早くこの電話を切りたい。
「今度の日曜日にファッションショーがあるんです。純さんお時間ありますか? 」
お時間……その日は、と云うかその日も暇だ。
だが、断ろう。何か適当なことを言って。
「今のところ空いてますが……」
その言葉にびっくりしたのは自分自身だ。
私、何言い出してるの?
口が勝手に動いて意志とは正反対の言葉を紡いだ。
「あぁ、良かったぁー! 」

結局、断ることも出来ず年下くんの誘いを受けてしまった。
ファッションショーって言ってたよね。
数時間隣にいるだけだ。その数時間後には何事も無かったようにサヨウナラして二度とこの番号からの電話に出なければいい。
そう、それだけの話よ。

純は憂鬱な気持ちで日曜日が早く過ぎてくれることを願った。

でも、久しぶりに出掛けることと未知のファッションショーと云うものに多少なりともドキドキしていた。
このドキドキは一体どんな種類の胸の高鳴りなのかは判別し難かった。
楽しみなのか恐れなのか。
仕事をしていても日曜日のことが頭の片隅から離れることは無かった。

そして当日がやって来た。
失敗したと思ったのが、どんなメゾンが参加するファッションショーなのかということを聞き忘れていた。
どんな服装で行くべきかある程度参考に出来たのに。
しかし、改めて確認の電話をする気にもなれなかった。
派手すぎず、地味でもなく華やかに。
メイクも髪も丁寧に時間をかけて支度した。

会場前に着くと若い女の子達でごった返していた。
ちょっと場違いかもしれない。少し緊張してきた。
純はとりあえず年下くんに言われた通りに入口近くにあった【関係者】と書かれた受付に向かう。
係のこれまた若く派手な女の子。純が近づくと怪訝な顔をした。
「すみません。こちらは関係者席のご案内ですが……」
「あ、【弓月】さんのチケットを受け取りに来ました」
その途端若干周囲がざわめいた。
「弓月さんのチケットって預かってたっけ」
「あ、一枚だけある」
「うわーめずらしい! 」
若い女の子の一人が純を頭のてっぺんからつま先までじっとりと品定めするかのように見ながら「お名前をお願いします」と言った。
名前を告げると純の顔とリストらしきもの、封筒に書かれている文字とを交互に何度も見て「こちらになります」と、封筒を渡した。
すると、関係者受付の奥から彼女達の上司らしき男性がやって来た。
「お話は伺っております。こちらへどうぞ」
「あ、はい」
そのまま、会場内へと案内される。
女の子達からの視線が痛い。
メインステージにランウェイ。
想像した通りのファッションショー会場だ。
純が案内された席はランウェイの先端。最前列だった。後ろの方は椅子はなく、スタンディングになっているようだ。
開演前には弓月が自分の隣に座るのかと思うと憂鬱になる。

開演五分前。
周囲は若い女の子と男の子。比率では女の子の方が多い。
結局、自分の隣はファッション雑誌の編集者かライターなのか、いかにも仕事で来てますと云う風な男性が座った。

なんなの。あの年下くん。
自分から誘っておきながら来ないわけ?
やきもきしていると会場は真っ暗になり大音量の音楽が流れ、女の子達の黄色い声と共にショーは始まった。

なるほど。ショーが始まってからしばらく観ていたが女の子が多い理由がよく分かる。いわゆるイケメンのモデルが多いのだ。モデルそれぞれにファンが付いているようでランウェイを歩き終わりポージングするところでボルテージはマックスになる。
純はそれが最前列目の前で行われる訳で、そのモデルのファンでなくても目線があったりするとドキドキする。
こんな世界もあるのね。なんてしみじみしていると今までとは桁違いの悲鳴に近い歓声が上がった。
『ゆづきーー! 』
ゆづき……弓月?
ハッとしてメインステージの方面をみる。
音楽がかき消される程の歓声。
ランウェイをゆっくりと歩いて来る男。

「う、そ……」
思わず声が出てしまった。
遠い記憶が鮮明に蘇る。
あの時の年下くんだ。
間違いない。

気がつくと目の前に年下くんがいる。
ポカーンと見ていると、目が合った。
完全に私に気付いてる。
柔らかく微笑む。
手にしていた花を一輪差し出された。
反射的に受取る。
一瞬、微かに触れた指先がじりじりと熱い。

と、感じた次の瞬間。
会場は悲鳴に包まれた。
純はその悲鳴で我に帰った。
「弓月から花を受け取るなんて、一生の運使い果たしたね」
隣の男性がニヤニヤしながら言った。
反対側の男性には「夜道には気をつけないとね」なんて物騒なことを言ってくる。

熱が伝染することなんてあるんだろうか。
今、この身体にスポットライトを受けてランウェイを歩く弓月の熱が駆け巡っているような錯覚に襲われる。

その後のことはフワフワとした頭では記憶が曖昧で気付けばショーは終わっていた。

会場を出て切っていたスマホの電源を入れると同時に着信。
『純さん。今、どこにいますか? 』
「あ、会場出たところ」
『着替えたら迎えに行くんで待っててください』

つづく






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