彼と彼女の初めての夜【弓月side】


「ねぇ、ホテル行かない?」
その人はとても綺麗でとても悲しそうな人だった。
クリスマスということで、みんな浮かれてはしゃいでいるのに彼女だけどこか別世界にいた。
なんとなく気になって話しかけると会話の端々に聡明さが見え隠れする。
嫌味な感じは全くしない。その知性をひけらかすこともなく彼女は優しく微笑む。しかし、それが本心からの笑顔でないことだけはハッキリと分かった。
それは自分がショービズ業界に身を置いている為か初対面の人間でも心の内をある程度見抜いてしまう。
モデルなんて見た目勝負の世界にいると惚れた腫れただの女たちが騒ぐ。
一体、俺の何を知ってるんだか。
弓月は女という生き物に飽き飽きしていた。
『ホテル行かない?』
普段なら嫌気がさすような誘い文句。
でも、そうじゃなかったのは彼女は相手が自分じゃなくても良いのだろうと思ったから。
彼女の目には誰も映っていなかった。
目の前にいる自分さえも。
いわゆる自暴自棄ってヤツ。
なんだか放って置けなくて彼女の手を握ってパーティーから抜け出した。
ホテル。
女性とホテルに行ったことなんてない。
ラブホテル?シティホテル?
そもそもこの近場にホテルはあるのか。
心臓がバクバク音を立てている。
握っている手を伝って響いているんじゃないかと思うと冷や汗が出てくる。
それを横目に彼女はタクシーを捕まえた。
一緒に乗り込むと「ここから一番近いホテルまで」と一言。
すぐにタクシーは発車した。
十分ほど走ったところで停車。
目の前にどこにでもあるようなシティホテル。
少し安心した。ラブホテルに泊まったことはないがシティホテルなら泊まったことはある。


部屋に入ると彼女は鞄とコートを椅子の上に置き、俺の顔も見ずにシャワーを浴びに行った。

不安ばかりがふくらむ。
上手くリード出来るだろうか。
相手は年上の女性。一回りも年の離れた大人の女性。
そうこうしていると彼女のシャワーは終わったようで化粧を落とした素顔が少し幼くてときめいた。
「あー僕もシャワー浴びてきますね」
まだ彼女との距離感を掴めず一人称は『僕』

「俺、何やってんだろ」
ため息と共に口から出た独白。
とにかく、いつもより時間をかけて体を隅々まで洗った。
体を拭いてガウンを身にまといシャワールームを出る。
彼女は髪をドライヤーで乾かしていた。
「ドライヤー貸してください」
彼女からドライヤーを受け取りセミロングの髪を手ぐしで梳きながら乾かす。
昔、聞いた話を思い出した。たしか、異性の髪を触るのは性的な感情を孕んでいるとかなんとか。
終わると今度は彼女が自分がしたように髪を乾かしてくれた。
優しく髪を梳く手に胸がキュッとなる。
もっと頭を撫でてもらいたい。そんな気分。
ドライヤーの電源をオフにしてテーブルの上に置く。彼女は俺の真後ろ。
突然、抱きしめられた。
「ベッド、行こ」
それは、部屋に入ってから初めて聞いた彼女の声。
たまらなくなり、彼女の唇に自分の唇を押し当てた。
これがファーストキスだった。
学生時代から告白されたことは何度かあったし、女の子と付き合ったこともあった。でも本気にはなれなかった。
付き合っていても違和感しか感じなくてすぐに別れた。

必死になって唇を何度も押し当てる。
「こら、ベッドに行ってから」
優しく頭を撫でられながら、その言葉で我に帰る。
きっとキスの仕方もわからない自分をみて彼女も気付いただろう。
俺に経験がないってこと。
だけど驚くでもなく嫌な顔もしない。
それをみて心の中のモヤモヤしたものや、どろりとした不純物が取り除かれ、俺はこの女性を抱くのだと意識がクリアになった。












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