空のテントに、クラウドは寝転んでいた。バッツも同じテントを共にする予定であるのだが、彼はいつになっても来ない。待っている義理はないのだから、早々に寝てしまっても良かったのだが、眠れそうにない。だからクラウドはバッツの帰りを待っていた。 ただただ耳をすませていると、やがて遠くの方から足音が聞こえ始めた。柔らかな草をそっと踏みしめる音。風のような軽やかさで歩く音は、バッツのものに違いない。近づいてくるそれに、クラウドは閉じていた目を開けた。 「もう寝たかー?」 囁くような小ささで問うてくるバッツに、クラウドは身を起した。 「いや。遅かったな」 「ん?あぁ、ちょっと探し物してて」 するりと入ってきたバッツは、笑いながら手を伸ばしてきた。暗がりでよく解らないが、何か瓶らしきものを持っている。ポーションにも似ているが、大きさはそれよりも一回り大きい。形も少し違う。 クラウドはそれを受け取ろうとしたが、どういうわけか手をすり抜けて顔に向かってきた。頬に当てられたひやりとした感触に、思わず肩を竦める。 「ッ、なんだ?」 「酒、かな?」 問うたは良いものの、首を傾げながらの疑問で返ってきて、クラウドは眉尻を下げた。自由すぎるにもほどがあるだろうと言いたくなるが、それが彼の持ち味なのだから口を閉ざすしかない。ましてや嫌いではないのだから、否定する余地もなかった。 バッツが、消していた吊るしランプに灯りをともす。小さな炎の柔らかな光が、バッツの手の瓶を照らした。深い緑と黒の瓶だ。ラベルはない。バッツは一応、酒だと言ったが、何を以てしてそう判断したのか。 「これな、フィールドうろうろしてたら拾ったんだ」 「拾い食いするな」 「まだ食ってないだろ!」 濃緑の瓶のコルクの栓を開けたバッツが、瓶の口を向けてきた。鼻を近づけてにおいを嗅いでみると、確かにアルコールの匂いがする。甘い香りも漂って、食指が動いた。 「確かに酒だな。甘い匂いがする」 「こっちは辛そうだぞ。どっちにする?」 両方の瓶を目の前に出され、クラウドは目を瞬かせた。バッツは何事もない顔で答えを待っている。 「……飲むのか」 「大丈夫。腐ってないって俺の勘が囁いている」 信用していいものか、敢えて疑うべきなのか。クラウドは眉をひそめた。だが先の匂いを嗅いだ限りでは、確かに悪くなっているという感じではなかった。 しかし拾ったものを口にするというのは、人としてどうなのだろうか。ましてやこの不安定な世界において、安全と言えるものなどあるのか。罠という可能性も否定できない。予想の範疇など、いつだって超えている世界だ。 ひとしきり考えあぐねいて、クラウドは心の中で手を上げた。考えたところでバッツの考えが変わるわけでもない。ましてや彼をそう簡単に論破できないことは、口下手の自分がよく解っていることだ。 「……キツイほう」 「じゃ、こっちな」 手渡された黒い瓶の口に鼻を近づけ、においを嗅いでみる。こちらも特に怪しい匂いはしなかった。普通のアルコールの強い匂いが鼻を突くくらいだ。アルコールに紛れていると考えられなくもないが、飲むと言った手前、突き返すのも野暮だ。毒を食らわば皿まで。クラウドは意を決した。 口をつけ傾けると、意外にもまろやかな甘みがあった。果物の爽やかな香りが、口内から鼻孔へとすっと抜ける。アルコール度数は確かに高いようだが、飲みやすい口当たりだ。 「美味い」 思わず呟くと、バッツが「へぇ」と感心したような相槌を打った。 「どんなん?」 問われたから、クラウドは酒瓶を渡そうとした。だがバッツは瓶に見向きもせず、体を寄せてくる。あっという間に狭まった距離は、鼻がぶつかりあいそうなほどで、思わず瞠目。そして超至近距離で、一瞬だけ悪戯っぽく笑んだバッツに、脱力した。 目を閉じ、開けた口から舌が入ってくるのを享受する。口内に残る酒の味をさらうかのように、舌を絡め取ってくるのに、おざなりに応えた。唾液の混ざり合う音が耳に届く。妙に上手い舌の使い方も相まって、背筋が甘く痺れた。 そんな興奮につられて身を乗り出せば、舌を強く吸われた。自分の口腔へと誘わんばかりの強さに、ならばと押し返す勢いでバッツの咥内に舌を入れ込んだ。自分がされたように中をなぞると、満足げな吐息が零される。酒の味も忘れる甘さがあった。 「もう酔ったのか」 名残惜しげもなくふつりと切れる唾液の糸を一瞥し、クラウドは問うでもなく呟いた。バッツは快楽の余韻を残した眼で、肩を竦めて「まさか」と笑う。 「まだ一口も飲んじゃいない」 「それにしては酔狂だな」 「キスが?」 わざとらしく首を傾げたバッツに、クラウドは肩を竦めて呆れて見せた。くつくつと笑うバッツが、酒瓶を煽る。クラウドも倣うようにして煽る。じんと胃に染みる馴染みの感覚は、懐かしい心地よさだ。 零される二人の吐息で、そう広くはないテントの中は一気にアルコールの気配に満ちた。決して上品とは言えない空気だ。だがかえってそれが心地いい。 「この酒、ジュースみたいだ」 「そんなに甘いのか」 「味見してみるか?」 ちらりと舌を出して見せるバッツに、クラウドは答えなかった。酒瓶にはまだ半分ほど中身が残っている。だが瓶には見向きもせず、それどころか手放して、バッツに手を伸ばした。 バッツも酒瓶を手放し、クラウドを招き入れる。味見など端から興味ない。酒の味ならあとで瓶を交換すればいいだけの話だ。互いの唇を啄み、舌をなぞり合い、淫らな口付けを貪る。今はその味がほしい。 互いの瓶を交換するまでの間、戯れるように舐めあった。 |