車すら滅多に通らなくなる夜道を、一人買い物袋をぶら下げて歩く。袋の中身は鍋の材料が一通り。しかし夕飯時を過ぎた今、もう鍋をつつく時間ではないなと思いながら、ダウンジャケットの襟に顔を半分埋める。 ずいぶん遅くなってしまったなぁ、とフリオニールは呟いた。仕事が長引く気配はしていたから、メールは一応しておいたのだが、こんな時間となっては再度詫びを入れる必要があるだろうか。携帯を取り出しては、目当ての名前を探した。 送信相手はクラウド。本来は別々のアパートの部屋に暮らしていて、週末だけ彼の部屋に泊りがけで夕食を共にしている。時には週末以外でも出入りがあったりと、親しくしている。いっそ同居してしまえばいいのではと言われそうであるが、こちらは学生、相手は社会人であり、とても申し出られるものではない。 ただクラウドは食事を作るのがすごく苦手らしく、いつも冷凍食品やスーパーの惣菜に頼りきりなのだという。しかも買いこむものは偏った食品ばかりで、とてもじゃないが見ていられない。老婆心を出してしまって以降、食事の世話を焼くようになった。 何を作っても美味いとしか言わない人であるが、それでも彼と囲む夕食が好きで、フリオニールは週に一度のこの時を楽しみにしている。彼がどう思っているのか解らないのが怖いところだが、いつも嫌な顔せず迎え入れてくれるから、つい甘えてしまう。少なからず許されているのだろうと、思ってしまう。 今日も同じ。インターホンを鳴らせば、綺麗な顔がほんの少しだけ表情を緩めて、出迎えてくれるに違いない。そんな小さな期待を抱きながら、塗装の禿てきているボタンを押すのだ。 「待ってたぞ」 少し古びたドアから、温かな空気と、クラウドの仄かな微笑に迎えられる。彼の宝石のような青い目を見ると、心が緩んで自然と笑顔が出た。夜気の寒さに強張っていた肩が、すとんと下がる。 「すまない、遅くなった」 「本当にな」 冗談めかして答えたクラウドが、不意に手を伸ばしてきた。そのまま鼻を軽く摘ままれ、何事かと目を見張る。彼は笑っていた。 「真っ赤」 早く上がれ、と捨て台詞を置いて、クラウドが部屋の奥へと下がっていく。鼻の赤さを指摘されたフリオニールは、摘ままれた部分を撫でながら、後ろ手にドアを閉じた。 何だか顔が熱くなる。触れてきた彼の指先のぬるま湯のような体温に、のぼせたかのようだ。寒さがどこかへ吹き飛んで、ジャケットが邪魔になってくる。 ジャケットを脱ぎながら、クラウドに続くように中へ入った。律儀にも鍋とコンロだけは用意して待っていた彼の、どこか幼気な健気さに苦笑。楽しみにしていてくれたのかと思うと、喜びは一入。溢れそうな感情に、目の奥が熱くなった。 |