「クラウドを見なかったか?」
 次元城を壁伝いに歩き、角に差し掛かろうとしたとき、フリオニールの声がしてクラウドは足を止めた。こちらは影、向こうは日向。問いかけるような口調に、彼のほかにも誰かいるのだろう。案の定、明るい声がした。
「いや、見てないぜ。どうかしたか?」
 バッツが答えた。同じ場所に珍しく多くの仲間が集まっているものだと思いつつ、息を潜める。何も警戒することはないのだが、クラウドにはそうしてしまう癖があった。
「いや、特に用はないんだが……」
「気になるんだろ?」
「あ、あぁ。仲間だしな」
「仲間だから、だけか?」
 含みを見せるバッツの声に、フリオニールは言葉が出ないのか、そのまま黙った。思うところがあるのか、それともバッツの言っている意味が解らずに困惑しているのか。
 前者ならば、興味は無きにしも非ず。だがそれを聞くのは怖くもあり、クラウドはそっと立ち去ろうかと足を一歩後退らせた。
 むしろ思うところがあるのは、クラウドの方でもあった。真っ直ぐに光を見つめられる彼らとは違い、自分はともすれば闇に引きずられかねない危うさを持っていると自覚している。絶望にばかり目が行ってしまうマイナス思考が、仲間との間に線を引いてしまう。
 故にクラウドは時に一人でいることを好んだ。光の元を怖れず歩む仲間たちの側は、時々怖くなるくらい息苦しくなるからだ。羨望に心を食い破られて、関係を壊してしまうかもしれないと思うと、握った拳さえ震えた。
 詮索するようなことは止めよう。そう思い立ち去ろうと踵を返しかけたとき、会話が再開されてつい動きを止めてしまった。
「心配なんだ。クラウドが強いことは解っている。いつだって冷静で、正しく状況判断ができる。クラウドが負けるはずがない。解っているし信じているけど……心配なんだ」
「心配というよりは、怖がってるように見えるけど?」
「……バッツは読心術でも心得ているのか?」
「さすがにそこまでは。お前が解りやすいだけ」
 からりと笑う様子のバッツに、恥ずかしさに顔を覆うフリオニールの姿が思い浮かんだ。フリオニールは確かに解りやすい。思っていることが顔に出る純粋さがある。正直で嘘がつけない、隠しごとも下手なところは、彼の魅力だ。本人は非に思っているようだが、決してそんなことはないと思う。
 バッツもきっとそう思っているだろう。馬鹿にした風ではない笑い方に、クラウドは耳を済ませた。
「バッツの言う通りだ。……怖いんだ。俺の知らないところで、クラウドに何かあったらと思うと、もし命に関わることがあったらと思うと、怖くて堪らなくなる。近くにいれば助けられたかもしれないのにって、思いたくない……」
「近くにいたって助けられない場合だってあるぜ」
「解ってる。それでも、いや、それならば尚更近くにいたい。せめて最期を看取れるくらい近くに」
 それぞれの声から滲む陰に、凄惨な過去があったことを匂わせた。仲間たちは自分も含め皆一様に記憶がないが、過去がなかったわけではない。自分が無性に光を怖れる瞬間があるように、二人にも言葉を重くさせる過去があるのだ。
 きっとすれは二人だけではなく、仲間たち全員にあるのだろう。だからこそ集められたのではないだろうか。痛みを負うからこそ、絶望を背負わされた経験があるからこそ、希望を託された。希望を抱ける力があると、見越されたのだ。
「大事に思われてるなぁ、クラウド」
「お、俺はバッツのことだって同じように思って……!」
「解ってる、解ってるって。なぁ、クラウド?」
「えっ、クラウドいるのか?!」
「おう、この角の向こうに……ってアレ?」
「いないじゃないか」
「おかしいなぁ、さっきまで気配がしてたんだけど」
 一人、歪みを抜ける。頬を撫でた風が生温くて、思わず顔をしかめた。視線の先の淀む空と、混沌の大陸。目指すものから背を向け、別の歪みを探すためにその場を後にした。今はまだその時ではないと、光の戦士の言葉を反芻する。
 フリオニールの言葉は嬉しかった。あれほどまでに真剣に思ってもらえることは、人の生に置いて至上の幸福だろう。ましてや裏表のない彼からの言葉となれば、もはや疑いようのない心情の吐露に思える。
 だが、クラウドにはそれに応える勇気がなかった。自分には彼を裏切れるだけの弱さがある。どんな時でも仲間を信じ切るというような強さはない。彼は自分を強いと言ってくれたけれど、敵を打ち砕くだけの強さに何の意味があるだろう。心も伴わない力は、暴力でしかない。
 クラウドは逃げたのだ。フリオニールの誠実さから、逃げ出した。彼の優しさと強さに押し潰されてしまうのではないかと思ってしまった。彼はきっとまた自分を探し、追ってくる。そして自分はまた逃げる。この戦いが終わるまで続く、堂々巡りだ。






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