ふと目が覚めると、見慣れたテントの天井が見えた。寝ていたのか。そう思いながら身を起すと、背中に痛みが走り、クラウドは息を詰めた。
 その痛みで、今自分は寝ていたのではなく、気絶していたのだと理解した。目が覚める前の記憶は、戦闘中に敵の攻撃に吹き飛ばされて、壁に強く叩き付けられたところで終わっている。多分、脳震盪を起したのだろうが、全く情けないことだ。受け身が取れなかったとはいえ、戦闘中に気を失うなど、仲間がいなければ死んでいるところだ。
 そうしてクラウドはテントの中を見回した。ともに闘っていた仲間たちは、どこで何をしているのだろう。倒れた自分がここに居るということは、仲間たちも生きているであろうことは予想できるが、無事であるかどうかは別の話だ。自分が倒れたことで仲間に負担がかかり、戦闘が不利になって命からがら逃げだしてきた可能性もある。戦闘は何がきっかけで有利不利が決まるか、解ったものではないのだ。
 確かめなければ。賭けられていた黒いジャケットを掴み、払おうとした時、不意に光が差し込んだ。
「……目が覚めたか」
 スコールが毛布を小脇に中へと入ってきた。彼によって開けられた出入り口はすぐに閉ざされ、薄暗い状態に戻る。クラウドは眩しさに眇めていた目を戻し、スコールを見た。
 傍らに腰を降ろしたスコールに、怪我という怪我は見られなかった。いつもより軽装の状態で露出された腕は、傷一つない綺麗なものだ。彼が無事だということは、他の仲間も無事でいる可能性が高い。緊張に握り締めていた手から力が抜けた。
「無事だったのか」
 安堵に思わず零した言葉。確認も兼ねて言っただけなのだが、どういうわけかスコールが眉をひそめる。俄かに怒りを滲ませた眼に、クラウドは一体何が気に触ったのだろうかと目を瞬かせた。
「それはこっちの台詞だ。人のことを庇った挙句、そのまま気絶する奴の言えた言葉か」
 強めの語気で言われた言葉を、クラウドは苦々しい思いで受け止めた。スコールの言う通りだ。先の戦闘で彼の背後に敵の爪が迫っていたから、思わず割って入ったのだが、結果この様だ。今回は無事だったから良いものの、次もこの幸運が続くとは限らない。無事だったからと済まされる話ではないのだ。
 戦闘も然ることながら、他のことでも迷惑をかけただろう。ここまで運んできてくれたのもスコールだろうか。歪みはこの居留地までそう遠くはないと記憶しているが、それでも大人の男一人を抱えてここまで来るのは、骨が折れたことだろう。戦闘終了後では尚更だ。これでは怒りたくなるのも頷ける。クラウドは頭が下がる思いがした。
 思いのままに首を下げれば、掛けられているジャケットがスコールのものだということに気付く。さっき強く握りしめてしまったせいで、少ししわになってしまっていた。何だか更に申し訳なくなる。
「済まない。迷惑をかけた」
 労をねぎらう上手い言葉も見つけられず、ただ謝罪の言葉だけしか言えなかった。視線を映した先には、スコールが持ってきた毛布。きっと自分に掛けてやろうとして、持ってきてくれたに違いない。優しさが嬉しいとともに、自分の至らなさに嫌気が差す。
 あまりの情けなさに顔を手で覆った。顔向けできないとは、正にこのことだ。咄嗟に失いたくないと思って、矢も盾もたまらず飛び出したのだが、考えてみれば配慮に欠けていた。冷静さを欠いた無謀な行動だった。仲間からは冷静で頼もしいなどと言われているが、とんでもない。感情に振り回されて我を見失う馬鹿だ。
「――――悪い、少し言い過ぎた」
 自嘲しかけたところへ、スコールから謝罪の言葉が零された。顔を上げると、彼がどこか気落ちした様子で目線を落としている。表情には表れていないが、それだけに伏し目がちになった瞳がその心情を如実に物語って、クラウドの眼に映る。解りづらいようで、解りやすい彼の感情表現。
 彼には、目に見えて落ち込むほどの理由などないはずだ。迷惑をかけたのは自分。その手を煩わせたのは自分で、いっそ怒号を浴びせられてもおかしくはない。なのに何故とクラウドは口を開きかけたが、すぐに閉ざした。問うのはおかしいように感じられた。だがかける言葉も見いだせず、そのまま唇を噛んだ。
「人のこと言えた義理じゃない。俺もアンタが倒れて、それを狙った敵に、気付いたら突進していた。同じ穴の貉だ」
 スコールは続ける。自嘲気味に頭を振ったスコールに、クラウドはふと疑問を感じて目を瞬かせた。戦闘に置いては人一倍冷静で、的確な判断を下す彼が、取り乱したとはどういうことだろうか。仲間を見捨てるほどの冷血漢だとは思っていないが、それにしてもこの男が我を見失うなど、そしてそれを正直に告げるなど、考えられることではない。
「無茶をするなと言いたかったんだがな……」
 そうしてクラウドは内心、感嘆の声を上げた。心配されていたのだと気付いた。スコールの数少なな言葉から察することは難しいが、やはり彼は眼で語るのだ。
 同じくらい不器用だから、解ることがある。どんなに相手を思っていても、素直にそれを言うことが難しくて、上手く伝えられない。そのもどかしさに言うのを躊躇うクラウドとは違い、スコールの場合かける言葉が棘を持ってしまうのだろう。お互いに難儀な性格だと思う。
「……これ」
 満ちた沈黙をそっと破りながら、クラウドは膝元のジャケットを手にした。
「お前のだろう?」
 差し出すと、虚を突かれたように目を丸くしたスコールが、ぎこちなく返事をしながら受け取った。そして着るわけでもなく、じっとジャケットを見つめている。しわになってしまったのを気にしているのだろうか。
「すまん、しわを作った」
「え?あぁ、いや、大丈夫だ。着ている内に直る」
 答えながら、ようやく袖を通す。その横顔、目元がほんのり赤くなっているのは、気のせいだろうか。どこか気まずそうな表情なのも気になる。だが問うのも憚られ、クラウドは黙って目を逸らした。
「――――背中は、もう大丈夫なのか?」
 不意に問われ、クラウドは目線を戻した。すでに平生を取り戻していたスコールが、気遣わしげな視線を送っている。
 そういえばと思い、背を後ろへ反らしてみると、途端に痛みが走って思わず顔をしかめた。じっとしている分には痛みは感じないが、動くのはまだ無理のようだ。思っていたよりも強く打ちつけたらしい。
 気付くと間近にスコールの姿があって、クラウドは目を丸くした。顔を上げれば、すぐそこに彼の顔。吐息がかかりそうなほどの距離だ。あまり経験したことのない近さで、慣れない距離感に息を飲んだ。
 自分が痛みに顔をしかめたから、心配してくれたのだろう。だがスコールも距離感に慣れていなかったのか、目が合った瞬間にふいと顔を逸らされた。髪から覗く耳が赤い。初なところもあるものだと、思わず笑んだ。
「……なんだ」
 笑みに気付いたスコールが、目元を赤くしたまま非難顔で振り向く。プライドの高い彼が、こうして笑われるのを良しとしないことは解っていたが、止めることができない。可愛いところもあると思ってしまったことが、どうしても愉快なのだ。
「いや、すまない。何でもないんだ」
「そんな顔で何でもないわけがあるか」
「だから、すまないと言ってるだろう?」
 降参の意思も兼ねて、両手を上げてみせる。睨み続けていたスコールは、しばらく煩わしげにクラウドを見下ろしたが、やがて諦めたように溜め息を吐いた。
「……もういい。ポーション取ってくるから、じっとしてろ」
 そうしてさっと腰を上げたスコールに、クラウドは礼を言おうと口を開きかけた。だが告げる前に素早くテントを出ていかれ、息だけを吐いて閉じる。足音が早々と去っていく。逃げるかのような足の運び方だと思った。
 一人取り残されたテントの中、クラウドは楽な体勢を取ろうと膝を抱えた。足に体重をかけ、背筋をなるべく使わないようにする。
 そうして目に入った、スコールの持ってきた毛布。彼にはこうして色々と面倒や心配をかけたようだから、帰ってきたらちゃんと礼を言わなければと思う。畳まれた毛布をそっと撫でながら






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