クラウドが渋い顔をして手にしているセット装備、蜜蜂の色香。ふざけた名前だ。けれどバッツはそういうノリも嫌いではないし、むしろ面白くて好きだ。生真面目すぎて、言葉の額面を理解できなかった光の戦士の反応も、なかなかに面白かった。 名前から得る予想を裏切らず、女性がつけられる装備のそれ。ティナがつけ揃えられるその装備品は、他の装備品も含め見目が変わることはないため、効果だけを求めることになる。ドロップ率の上昇。これは大変助かる効能だ。 だが予想を裏切る装備可能者があった。顔立ちこそ麗人と言えるが、言動には女性らしさの欠けらもない、まさに今装備品を手にしているクラウド当人だ。 何故男の中でクラウドただ一人だけが装備可能なのか、理由は誰にも解らない。当の本人は知っているようだったが、知らないの一点張りで白を切り通された。いわゆる黒歴史なのだろう。触れないでいてあげるのが大人というものだから、バッツは納得したふりをした。 しかしそれは置いといても、クラウドの女装は気になる。顔立てが顔立てだけに化けると思う。それこそ見た目だけなら女を超える女になれそうなものだ。彼の苦い顔を前にして、うずうずと湧き起こる好奇心に、背中が震える。 溢れる好奇心を押さえようと、丸めた背中。見れないけれども見たい。そういうときは、どうしたらいいだろう。パッと閃いた名案に、弾けるように顔を上げて背を伸ばし、クラウドを見る。一連の行動に目を丸くしている彼に、バッツは笑いかけた。 「クラウド、女装しよう!」 「……はあ?」 肩を下げたクラウドの反応は最もだったが、落胆だの呆れだのはバッツの抑止力にはならない。そんなことで足を止めては、気ままな一人旅などできやしないのだ。 「ちょっとでいいからさ!誰かに見せようとかそういうんじゃないし、俺が興味あるだけだし、な?」 バッツはクラウドの肩を掴み、反転させては拠点のテントへと移動させようとした。語尾は猫なで声にして一押し。だがそんなものがクラウドに効くわけもなく、意図に気付いた彼は抵抗を見せた。 「な?じゃない!そんな理由で受け入れられるか!」 「どうせどんな理由でも受け入れないんじゃないか」 「解ってるなら止まれ」 「いやー、残念ながら止まれないな!」 言葉と体で押し問答。純粋な腕力だけならば、クラウドのほうに軍配があがるだろう。彼の剛腕は折り紙つきだ。だが体勢的に有利な位置にいたバッツは、どうにか彼をテントへと放り込むことに成功する。一先ずの勝利だ。 倒れたクラウドが、悔しさの滲む顔で見上げてくる。そんな顔をされても、優越感が湧いてくるだけだ。あと少しの嗜虐心。たった一つの出入り口を背に立ちはだかり、バッツは形ばかりの“お願い”を告げた。 「頼むって!な?」 パン!と手を合わせ、首を傾げて愛らしくおねだり。愛らしさが効いたかどうかはさておき、クラウドはこれでもかと顔をしかめた後、諦めきったかのようにがっくりと項垂れた。 「本当にちょっとだけだぞ……」 「やったぁ!!」 「あと誰かに見せたりとか絶対に嫌だからな!!」 「解ってるって!テント、立ち入り禁止にしとくな!」 その辺から引っ張り出した紙に、大きく「立ち入り禁止」と書いて、外へ。テントの出入り口に張って、再度中にもぐり込む。クラウドが呆れ顔で迎えるや否や、肩を竦めて溜め息を吐いた。 「アンタって、よく解らないな」 「ん?そうか?」 「あぁ。俺の女装なんて見たって面白くないだろ」 「そうかなぁ?」 クラウドは己の顔立ちの良さに気付いてないのか、バッツの好奇心に懐疑心を向ける。奥に積まれた雑貨類を物色するバッツは、手を休めないままも首を傾げた。どれだけ自身の顔に自信がないのか、はたまた興味がないのか知れないが、これほどの逸材はそうそういないと思う。 説いて語ってやるのも悪くはないが、百聞は一見に如かずともいう。実際に施してやれば、自身がどれほどの美貌の持ち主かが解るというものだ。そのために腕によりをかけるつもりで、女装のための材料を探す。 了承した以上、逃げるつもりはないようで、クラウドは傍らで横になった。腕枕をしながら、バッツの作業をどこか興味深そうにじっと見る。作業をしてる姿を見られることに抵抗のないバッツは、そんな彼に少し笑みつつ、適当なものを並べた。 肌触りのいい布と、シースルーの薄布、見栄えのしそうなアクセサリー、自分の腕。ついでにリボンもつけておくかと、一揃え。極めるならば足りなさすぎて話にならないが、ちょっとのお遊びならば十分だ。 「うん、よし。じゃぁクラウド、脱げ」 バッツの発言に、腕枕から頬杖に体勢を変えていたクラウドが、「えっ」と身を浮かせた。予想もしなかったと言わんばかりの顔に、バッツは肩を竦める。 「服の上から服は着られないだろ?」 「あ、あぁ、そうか」 クラウドは身を起し、装備を外し始めた。嫌がっていた割には素直に指示に従う姿に、バッツは思わず笑みを誘われた。 クラウドにはその年齢に合わず妙に幼気な部分があった。戦闘に対する知識や勘はずば抜けているのに、生活力はいっそ不自然なくらいに皆無。今までどうやって生きてきたんだと思ってしまうことも稀にある。だがそのアンバランスさが、バッツは妙に好きだった。 不完全さは生きている人間である証でもある。完成された人形のような容姿から繰り出される不器用すぎる言動は、まさにそれに値した。ちぐはぐな印象はあるものの、完璧すぎるよりはいい。玉の瑕が人間をより一層魅力的にするのだ。そしてクラウドは、その瑕が可愛いのだ。 そのクラウドは、装備品をすべて外し、潔くその上半身を曝け出した。細身ではあるが、程よくついた筋肉は力強さよりもしなやかさを見せる。ものまねをして解る、彼の前身のバネを上手く使った動き。それを支える肉体は、やはりそれ相応の体付きだ。 「いい体してんなぁ」 思わ声に出して言うと、クラウドは困惑気味に眉をひそめた。 「まさか、人の体が見たくてこんなこと言いだしたんじゃないだろうな?」 「それは勘繰りすぎだって!あー、ちょっとそのままじっとしててな」 クラウドの発言を笑って流しつつ、布を宛がっては体の寸法を測る。殆ど目分量だ。適当にドレスっぽくなるように裁断して、上手く取り繕う。一時凌ぎになればいい。どうせ服が本来の目的ではないのだ。 袖を作る余裕はないから、ビスチェタイプの首回り。後ろを糸で仮縫いして、着た振りをする。そして裁断の端切れで帯を作り、胸の下に回してリボン結び。そこから下はそのまま垂らしてアンピール型のドレープにした。 「アンタ、本当に器用だな」 しみじみと呟かれる言葉に、バッツは作業する手を止めずに答える。 「旅生活長いと、嫌でも器用になるぜ?とか言って、あんま覚えてないけどな」 ここにきて記憶が抜け落ちているのは、誰しも同じだ。勿論、その辺は理解しているクラウドは、曖昧な相槌を打った。ぼんやり気味なのは、旅というものを想像しているからだろうか。返事から察するに、あまり旅慣れてはいないように見えた。 糸を歯で噛み切り、上からシースルーの布をストール代わりにまとわせて、服装は一先ず完成させた。残るが本題、彼へ施す化粧だ。 「よーし。ジョブチェンジ、化粧師!」 「そんなジョブもあるのか」 「いんや、言ってみただけ」 感心から一変、呆れを前面に押し出したクラウドを他所に、バッツは化粧道具を広げた。とはいえ物資に欠けるこの世界で、あるのは白粉と口紅くらいだ。しかも白粉は一種のみと、口紅も数色。服装のバリエーションがないのと同様に、化粧道具も種類も貧困だ。これは数少ない道具を使って如何にして魅せるか、腕の見せ所だ。 「じゃ、しばらくお喋り禁止な?」 冗談半分に告げると、クラウドは短く了承の言葉を発して、律儀に黙り込んだ。皮肉屋だが、根は真面目だということが見て取れる。バッツは笑んだ。 間近で見る顔立ちは、正しく目を奪われそうなほど綺麗だ。化粧など施さなくても良いのではないかと思わせる端麗さ。顔の全てのパーツが黄金比をなぞって、非の打ちどころがない。腕を振るう隙もないのではなかろうか。 顎を掬って、少し上向かせる。シアンの瞳に影を作る睫毛は、文句なしに長い。頬の白さも申し分なく、ただ少し血色が足らないだろうか。程よく膨れた唇は、形は良いものの乾燥気味で、色も欲しいところ。だが肌は完璧な肌理の細かさで、手を出せば逆にムラを作ってしまいそうだ。 バッツは一番薄い色の口紅を手に取って、少量をクラウドの頬に乗せた。薄く刷くように塗って、バラ色の頬を表現する。ムラのないよう、不自然にならないよう伸ばせば、たちまち淡く色づいた頬になる。 次は唇だ。濃いめの色を持ち出して、紅の筆でなぞっていく。口紅は質の良いものだったのか、色が乗ると同時に潤いも戻って、艶やかさが表れた。筆越しにも解る弾力と相まって、その唇を奪ってしまいたくなる。 そうして、少しの距離を置いて見たクラウドの顔は、ほんの少し手を加えただけなのに、見違えるような女性らしさを見せた。もともとの女顔が手伝って、顔だけならば真正の美女だ。彼が女だったならば、傾国の美女の代名詞をほしいままにしていたことだろう。 「クラウド、すげぇ」 思わず呟くと、当の本人は不思議そうに眼を瞬かせた。 「俺が凄いのか」 「うん、クラウドすげぇ」 心許ない首元を装飾品でカバーし、作業終了。鏡を持ち出し、彼の前に立てかけながら、再確認。上半身は完璧だ。絶世の美女だ。欲目でも構わない。あと下半身はまだボトムを履いたままだから、見てはいけない。 鏡をまじまじと見ているクラウド。その髪型は触っていないから普段のままだが、柔らな金糸は顔の輪郭を綺麗に彩る。鳥の産毛のように逆立つ頭頂部は、もはや愛嬌だ。閃くような青の色を湛える瞳、縁取る睫毛、花の綻びを見るような淡い色の頬、熟した果実のように匂い立つかの唇。思わず魅入る。色も質もいい服も、煌びやかな装飾品も霞む美しさ。見惚れないわけがない。 「変わり映えがしないな?」 「そんだけ元がいいってことなんだけど、解んないかぁ」 百聞は一見に如かず、とは言ったものの、どうにもクラウドには伝わりづらい事柄だったようだ。解せぬと言わんばかりに鏡を見たまま首を傾げる姿に、苦笑を禁じ得ない。容姿に頓着しない性格は筋金入りらしい。 「みんなに見せれば解るぜ、クラウドがどんだけ美人か」 「断る。他の奴らに見せるのは嫌だと言ったはずだ」 「わーかってるって!言ってみただけ」 疑心に満ちた目線を向けるクラウドに、バッツは笑った、笑って、突進するような勢いで抱きつく。勢いを御しきれなかったクラウドと共に、床へと倒れ込む。自然と押し倒すような形になり、上から彼を見下ろした。 「俺たちだけの秘密、な?」 悪戯っぽく言いながら、頬をそっと撫でる。クラウドは乗せた紅とは違う色を頬に浮かべて、そっと視線を外した。触っていない耳まで赤い。初な少女のような反応が可愛らしい。見目が見目なだけに尚更愛らしさが増す。 それも束の間、すぐにいつもの調子で離れろと言い出すクラウドに、バッツはおとなしく従った。顔色こそいつも通りだが、耳はまだ赤いまま。指摘して、もっとその表情を崩してみたい。できることなら、もう少しだけその心に踏み入ってみたい。 だが外で他の仲間たちの声が聞こえたから、止まる。二人だけの秘密だから仕方ない。誰にも知られてはいけない、知らせるのも惜しい。そんな秘密だから、仕方ない。 |