手のひらに浮かばせるのばら、希望の煌めく花を、フリオニールは見つめていた。見つめていると、勇気づけられる。この上ない支えだ。一人でいるときは尚更、この花の情熱を湛えた色に気力が高まる。フリオニールにとってこの花は、夢へと邁進する己の意思そのものだ。
 柔い芝を踏みしめる音と、隠されない人の気配に、フリオニールは目線を上げた。気配の正体はクラウド。相変わらずの無表情で、こちらに歩み寄ってくる。次元城に吹くそよ風に、彼の尖った髪が柔らかそうに揺れていた。
「また見ているな」
 花に視線をやったクラウドが言う。また、という言葉に、見事に見抜かれていることを察した。手持無沙汰になるとつい見つめてしまう癖は、以前にティーダにも指摘されて直そうとしたのだが、結局直らず仕舞いだ。お陰で『のばら』と揶揄されることもしばしば。苦笑するしかない。
「ティーダにも言われた。駄目だな、すぐに出してしまうんだ」
「落ち着くんだろう?遠慮なく出せばいい」
「落ち着く、か……。そうだな、それもあるかもしれない」
 “のばら”という名の響きに宿る懐かしさに、安らぎを見出していること。クラウドの言葉は胸に馴染んで、フリオニールを納得させた。花を見て得るものは、勇気だけでなく、安寧でもあったのだ。知らず知らずのうちに不安を解消しようとしていたのかもしれない。
 情けないことだと思いつつ、手の上で生き生きと花開くのばらを見ていると、ふとクラウドも花に視線を寄せていることに気が付いた。どこか興味深げに眺める様子に、疑問がわき起こる。この花のことは既知だろうに、何か思うところがあるのだろうか。
「どうかしたか?」
 問うてみると、クラウドは持ち上げて合わせた目線をすぐに逸らした。何か言いにくいことがあるときの、彼の癖だ。無理に聞き出すこともないと思ったのだが、話したくない話題ではないらしく、少しの間を置いて口を開いた。
「ティナが、フリオニールののばらはいい香りがしそうと言っていたんだ」
 やや予想を裏切る答えに、フリオニールは目を丸くする。出てくるとは思わなかった仲間の名前に、思わず鸚鵡返しにした。
「ティナが?」
「あぁ。実際どうなんだろうと思ったんだが、……どうなんだ?」
 問い返され、フリオニールは言葉に詰まった。これまで花を見続けていて、考えもしなかった。女の子の目線は違うものだ。異性が理解しがたい存在になってしまうのも、無理はない。
 それはそれとして、どんなものかと花弁に鼻を寄せて嗅いでみる。花からは草木らしい匂いはするが、それがいいものなのか悪いものなのか、どうにもフリオニールには判断がつかなかった。風情というものの機微に疎い自分には、何にせよ解りかねる事柄であった。
「自分ではよく解らないな……。クラウドはどうだ?」
 花を差し出して、それをきょとんと見るクラウド。彼もまた同じく疎いようではあったが、自分よりは幾分わかるのではないかと思う。彼は自分よりも幾分長く生きているようだから、それだけ経験しているものも違うだろう。
 受け取ったクラウドの手の上で、花が煌めく。彼の手に移っただけで、花の様子が変わったような気がした。花弁がまるでベルベットのような質感を持ち、甘く強く匂い立っているような錯覚を覚える。際立つ花の色気は、何によって引き出されたのか。
 クラウドは花を己の口元へとやった。嗅覚を研ぎ澄ませるための、瞑目。それが別の意味合いで以てフリオニールの視界に映り、脳裏に倒錯した思考が走った。
「――――フリオニール?」
 名を呼ばれ、ハッとする。クラウドが怪訝そうな目で、こちらを見ていた。フリオニールは慌てて口を開く。
「あ、い、いや。えーと、どうだった?」
 ぎこちなさのありありと現れた返事だったが、クラウドはあまり気にした様子もなく、花を返してくる。ゆるりと首を振っては、答えを示した。
「俺にもよく解らないな。こういうのには詳しくないんだ」
「はは、お互い様だな」
「そうだな」
 小さく笑んだクラウドは、その視界の奥にてティナの存在を認めた。ちょどいい報告しようと去って行く彼を、フリオニールは手を上げて見送る。ティナの元へと向かう背を見つめながら、思い出すのは先の情景。
 まるで花に口付けしているような光景だった。伏せられた色素の薄い睫毛の、光を弾いて淡く煌めく様。色のある儚さがたちまちにして彼の面差しに広がって、例えようのない色香を放つ。唇は花の色が移ったかのように薄く色づき、柔らかく膨らみ。真白い頬はベルベットの質感を映したように滑らか。言い知れぬ美麗がそこにはあった。
 かっと頬へ走る熱に、戸惑いを隠せない。火照った顔を冷やそうと城の陰に逃げ込んでも、ただ風の冷たさを感じるばかりで、熱は一向に引くことなく頬に集まる。もはや体中が熱い。感情をも燃えあげようとしているかのようだ。
 見なくても解る赤らんだ自分の顔を隠したくて、壁を背に座り込んでは顔を伏せた。早鐘を打つ心臓が、今し方湧いた感情に名前を付けようとしている。あってはならないことだと叫んでも、まぶたに焼き付いたクラウドの姿は消えることがなかった。





薔薇は恋う






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