オノゴロ島の片隅には花好きの英傑たちが集まって造った花畑がある。タケミカヅチは過去にオモイカネとともに訪れたことがあったが、そのときは花見酒だと繰り出していったまま帰ってこない飲んだくれ共を連れ戻すためだったので、正直どこがどうだったかなどはよく覚えていなかった。
「そんなこともありましたねえ」
 件の花畑に足を踏み入れては、オモイカネが当時をしみじみと懐かしむ。その隣でニギハヤヒが和やかに笑った。
「はは。何だかその様子が目に浮かぶようだな」
「笑いごとじゃないぞ。ここから本殿まで何人もの酔い潰れた者たちを、どう運ぼうかと頭を抱えたよ」
 本殿から花畑はそこそこの距離がある。ただ歩くだけならば少し長い散歩道ぐらいかというところだが、酔い潰れた大の大人を抱えてとなると話は変わる。しかも数えるのに両の手がいる人数、数度の往復を考えると気が遠くなった。今考えても頭が痛くなりそうだ。
「だから、私は言ったんですよ。死んだ者と見なして埋めてしまいましょうと」
「ああ。賛同しかけた」
「まあ、うん、気持ちは分かる」
 ニギハヤヒからの同意も得られたところで、タケミカヅチは改めて花畑を見渡す。時節は皐月も半ばころ。梅雨を前に瑞々しさを漲らせる風景に、特別花を好む質ではないタケミカヅチもつい感歎の息を漏らした。
「綺麗だな。これは菖蒲か?」
 足下の浅い水辺から長く茎を伸ばし青紫の花弁を開かせるそれを見下ろす。傍で「たぶん」と答えたのはニギハヤヒで、その向こうでオモイカネが正答をもたらしてくれた。
「それは杜若ですね。菖蒲と花も似ていますし、開花もほぼ同時期なので間違えられてしまいがちです」
「……違うものなのか」
「大きな分類でいえば同じものとも言えますが、それは我々三人がともに神族であるというぐらいに大雑把な言い分になります」
 タケミカヅチの何気ない問いに、オモイカネが丁寧に答えてくれる。それに「なるほどなあ」と感心するニギハヤヒの声を聞きながら、なればと二人の顔を見比べた。
「では、君たち二人はどちらが菖蒲でどちらが杜若だろうか?」
 両者とも神族の中でも富みに華やかな容姿を持ち、また古くから親しい関係であるとも聞く。近くて似ているのに全く違う二人を、先の花々に例えるのは、我ながらなかなか言い得て妙ではないか。しかもだいぶ雅だ。
 だが、向けられる視線は予想したものではなく、困惑混じりのそれだった。
「別にどちらでも構いませんけれど」
「きみが抜けているじゃないか。お話にならないよ」
「……俺か?」
「ええ。私たちを花にするなら、貴方も花になっていただかなくては」
「それもとびきり綺麗な花にね」
 きんいろの花が咲く。悪戯っぽく笑う顔さえ揃って美しい二人に挟まれ、タケミカヅチはひとり得心した。最初の二人の反応に間違ったことを言ったかと思ったが、それは全く間違っていなかったと。
 菖蒲か一初か、などと挙げられて、もはや何が何だか。何であれ、二人と違って地味で武骨な自分が花になれるとは到底思えない。それでも二人が花の名を寄越すのに、タケミカヅチは笑みを禁じ得なかった。






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