これは何という部屋なのだろう。アメノワカヒコは心中で頭を抱えた。
 眠りから目が覚めたときにはすでにこの部屋で、隣で同じ状態にあったオモイカネも首を傾げた。窓はなく、何をしても開かない戸が一つ。戸の反対側に文机があり、その上に液体の入った小瓶と一枚の紙。紙には『媚薬を飲みきれば戸は開く』とだけ書かれていた。オモイカネはそれを見て「ふむ」とだけ。
 媚薬、は言わずもがな小瓶の中身のことだろう。飲みきれば、とあるのだから飲むしかあるまい。一つしかないそれを、どちらかが。
 アメノワカヒコが心中で頭を抱えたのは言うまでもない。オモイカネとは恋仲になってはいるが、思い人の前で媚薬なる物を飲むなど、どうなるものか。考えたくない。今から羞恥で死にたくなる。
 いやだがしかし、と悩み倦ねている隙に、オモイカネが小瓶を手に取った。そして躊躇いなく蓋を開け、あろうことか一息に飲みきってしまう。アメノワカヒコは一時、開いた口が塞がらなくなってしまった。
「お、オモイカネ殿!」
 叫ぶように名を呼ぶ。同時に錠のおりる音がした。紙の文言通り、戸が開いたようだった。
 そんなことよりも、である。即効性の物だったのか、早くも頬に赤みの差すオモイカネに、アメノワカヒコは血の気の引く思いがした。媚薬というのは実は嘘で、死に至らしめるような毒だったらどうしよう。こんなところで彼を失いたくない。早く本殿に帰らなければ、と彼の肩を掴む。
 だが、その手はにべなく払われた。動揺するアメノワカヒコに、オモイカネは背を向ける。
「私とて、安易な行動を取ったとは重々承知しているのですよ」
 いささかふらつく足取りで、最初に眠っていた布団へと向かっていくオモイカネ。辿り着くなり気怠げに腰を降ろし、おもむろにこちらを振り向いた。
「でも貴方、一向に触れてきてくださらないじゃないですか」
 外套の留め具を外す。その指のもたつく様がいっそ思わせ振りで、完全に紅潮した顔が何より如実だった。
「ーー……据え膳という言葉、御存知ですか?」






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