見回りで通りかかった村に立ち寄ってみると、子供らの唄う声が聞こえてきた。かってうれしいはないちもんめ。ふた組に分かれて数珠つなぎになり、進んだり引き下がったり。まけてくやしいはないちもんめ。
「花一匁ですか」
 遠く向こうからのはしゃぎ声に引き留められるようにオモイカネが足を止めたので、シュテンドウジもならって足を止める。いかにも平和な光景に隣の彼がほんの少し表情を緩めるのを、何とはなしに眺めた。
「一説には、若い女性を花に見立てた人買いの歌だとも言われてますね」
「へェ、マジで」
「ええ。現に任意の子供を指名してやりとりをしているでしょう?」
「そーだな」
「それから鬼に攫われる唄だとも聞いたことがあります」
「……あン?」
 子供の遊びにすら蘊蓄を垂れるのかと半ば関心半ば無関心に聞いていたが、鬼という単語につい意識が行った。鬼に向かって、あれは鬼が人を攫う唄なのだ、とはこの神様も怖いもの知らずである。別にもはや遠い過去の、記憶にも薄いような所業を指摘されても何も感じないし、オモイカネもそれを分かっていて言っているのであろうが。
 彼は平然と、なおもつらつらと続けている。素知らぬ顔で、よく回る口だ。これが、彼がたまに見せる些細な意地悪なのであれば。
「おまえ、それはおれへの当てつけか何かか?」
「えっ?」
 きょとんとされて、シュテンドウジも軽く面食らう。彼は時折、人を煽るような言を発することがあるから、今もそれかと思ったのだが、違ったのだろうか。
 沈黙の内に、予想が外れたなと思い至る。同時にオモイカネも気が付いたようで、はっと肩を揺らした。
「済みません。私としたことが、口が滑ってしまったみたいですね」
 しくじった、と言わんばかりの顔が見て取れた。会話という点において、彼ほど言葉巧みな者もおるまいと思うほどだが、時には誤ることもあるようだ。しかもこれは相当気を抜いていたためと思われる。種族や立場を忘れて、思っていることを取り繕うこともなく口走ってしまうほどに。
 今さら、今は昔のおとぎ話のようなそれに目くじらを立てるつもりはないし、彼も分かっているところだろう。それでも罰の悪そうな表情で口を閉ざすのに、シュテンドウジは思わず喉の奥で笑った。全く悪い気はしない。それだけ彼が心を許しているということであれば、いっそ罵詈雑言も受け入れよう。
 覗わしげな目線を寄越すオモイカネ。純に澄んだ瞳は綺麗で、嗚呼。
「――まァ、別にいいぜ」
 呟きに、瞬きをされる。その隙に顎を掬い取って視線を捉えた。初な新緑の色をした瞳に、己を映す。
「おまえみたいなキレイな花、攫ってけるんならな」
 口元に吹きかけると、彼は一呼吸ののち、ふわりと頬を染めた。その色香は花の綻びの瑞々しさにも似て、目に芳しい。庇護欲すら覚えるような清らかな色だ。
「じ、冗談はやめてください」
 手を払い、逃げようとするオモイカネ。それを追いかけ、肩へ流れる髪の一房を取ることで再び捉まえた。ぎくりと動きを止める彼に、シュテンドウジは口角を上げる。
「冗談じゃねェよ。思ったことを口にしたまでだ」
 うやうやしく金糸に口づけ。女ならばこれだけで目の色を変えるものだが、男である彼はただ戸惑いと恥じらいの目でシュテンドウジを見た。目元に残る色だけが、初恋のように淡く、しかし鮮やかに目を引く。
「……なおのこと質が悪いですよ」
 手を押し退けられ、にべない言葉。二度も追うことはできず、そのまま逃がした。そしてふいと横を向かれるのに、声には出さずに苦笑する。
「連れねェな」
「そんな遊びに釣られて堪るものですか」
 取りつく島もなく言い放っては、オモイカネは止めていた足を進めだした。凜とした背からは、もう先のような動揺は見られない。いつもの冴えた空気だ。理性で身を固めた姿だ。
 仕方なく後をついていく。子供らの遊びはいつしか鬼ごっこに変わっており、所狭しと走り回るのを大人に注意されていた。だが、聞く耳を持たない子供らは返事すらせず笑い声を上げる。
「遊びでもねェんだがなァ……」
 溜め息とともに零した呟きは、彼に届くことはなく。だが、今はまだそれでもいい。いずれまたこの手に捉えて、教えてやるのだ。鬼ごっこは得意なのだと。






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