夏祭りで近所の神社に屋台が並ぶと、オモイカネは必ず林檎飴を買う。甘いものが好きな彼は、もちろん綿飴やクレープなども買うことがあるが、林檎飴は毎年欠かさず買っていた。
 大学生にもなると、触れられる娯楽が増える反面、子供のころに親しんでいたものからは遠ざかる。手の平サイズの電子機器で遊ぶことを覚えた身には、飽きを感じ始めた祭りの出店巡りなどはどことなく億劫だ。夏の暑い最中をわざわざ歩くより、涼しいエアコンの下でゴロゴロしているほうが楽なのは誰も否めまい。
 それでもオモイカネが「林檎飴が食べたいので」と仕度を始めると、ヤマトタケルはそれについて行く気になった。行く先が、例え高が知れるものであろうとも、人が行くというのであれば妙にその気になるもの。面倒な気持ちもあるにはあったが、思いの外、体は軽かった。
「――飽きないよな、お前」
 ヤマトタケルはしみじみと呟く。試験勉強だのレポートだのと机にかじりついて離れなかったオモイカネが、林檎飴のためだけにそこから離れているのだ。しかも普段は出歩かない宵の時間。そこまでか、とは誰もが思うだろう。
「こういうときでもなければ食べられないものですから」
 ヤマトタケルの言葉は皮肉っぽく聞こえたはずだ。だが、オモイカネは気にした風もなく、そう言いながら林檎飴にかじりついた。
「そうか? 今は専門店とかもあるだろ」
「そうですけど。私はこれがいいんです」
 淡々と、その影で喜々として答えられる。夜の暗がりの中、ぶら下げられた提灯に照らされて浮かび上がる、緩むような微笑。てらりと光る飴と、それに口づけるかのような唇。
 奪い取りたいと思った。それが飴なのか、彼の唇なのか。甘いものは嫌いではないが、彼ほど好きでもない。
「――……昔、私が夏祭りの日に風邪を引いて熱を出したことがありましたね」
 オモイカネが横目でこちらを伺うようにして語り出した。
「それで、私が林檎飴を食べたいと言ったら、貴方わざわざ買いに行ってくれましたよね」
「……そうだっけ」
「忘れてしまいましたか? 私は覚えてますよ。気持ち悪くて食べられなかったくせにね」
 苦笑を零すオモイカネに、ヤマトタケルは返事を飲み込んだ。
 覚えている。忘れもしない、小学校の頃のことだ。幼少の彼はベッドの中で顔を赤くしながら、その通り呟いた。今にして思えば、食欲というよりも、日常に戻りたいという気持ちの表れだったのだろう。毎年楽しみにしていたこともあり、そんな言葉が出てきたに違いない。
 真に受けて、買いに走った。我ながら人が良いことだ。まだ純粋だった自分は、ベッドの中で苦しむ彼のために何かをしてやりたかった。結局、彼は気持ちが悪いと言ってろくに口にしなかったが。
「すごく嬉しかったんですよ。食べられなかったのが悲しかったくらい。あの日から、買うたびに思い出してる」
 燈い光に照らされてか、ほの赤い頬。懐かしむように林檎飴を見下ろす眼差しは、明かりに煌めく睫毛に隠されて見えない。けれど、零した言葉をもう一度拾うように、飴に口をつける唇は。
「……甘い」
 唇に移った飴を舌なめずりで拭う。驚きに見開かれた彼の瞳に自分が写っているのが見えたが、表情までは分からない。気まずくて見ていられなくて、歯型のついた林檎飴に視線を移した。
 もう一度、舌なめずり。口の中に広がる溶けきらない甘味。胸が焼けそうで、物足りないようで。滲み出した唾液と一緒に喉の奥に追いやっても、舌に残り続けて。
 追い打ちをかけるように、甘いものが唇に触れた。伏せられた眼の長い睫毛を凝視する。やがて離れた唇からの飴色の吐息に、血がたぎった。恐る恐る開かれる瞼の下の甘色の瞳に、息が止まった。
「だから、甘い」
「嫌い、ですか……?」
「……好きだけど」
 林檎飴を奪う。毎年のようにそれを求める唇だが、今だけはくれてやれない。ヤマトタケルは赤い実を一瞥してから、オモイカネの瞳をじっと見つめて。






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