(以前は俺が醜態を晒したが、今度は君、か?) 宴の席。酔い潰れて机に突っ伏しているオモイカネを見下ろしながら、タケミカヅチはそんなことを考える。普段は凛と背筋を伸ばしている姿ばかりを見ていたせいか、戸惑いや物珍しさが先立った。 酒には強くない、とは本人から聞いた話である。そのことをつい何気なく独神に言ってしまったことがあったが、頷かれ、肩にもたれ掛かられたとの返事を聞いたときには、さすがに羨ましさが過ぎった。 心を通わせあった仲、なお惚れに惚れている相手。甘えられたい、身を寄せられたい。甘え下手なところのある彼を前にしては、なおさら。 「まさかオモイカネ殿は酒に弱かったとはねぇ」 そんな想い人の隣で見知った酔っ払いが笑っている。タケミカヅチはその距離がやけに近いことに片眉を吊り上げたが、所詮は酔っ払いのすることだと思い、流した。 「オモイカネ殿に酒を呑ませたのは君か、フツヌシ」 「そうだ、と言ってみたいところだが、違う。貴殿がチョクボロン殿に捕まっている間に、コノハナサクヤ殿が来てねぇ」 フツヌシはからからと笑う。それでオモイカネがまんまと呑まされたとでも言うのだろうか。どう考えても共犯者だろうが。 しかしながら、フツヌシ自身もコノハナサクヤに煽られて相当呑んでいるように見えた。平生よりも笑いかたが大袈裟だ。刺激がほしいばかりに変な策を練る男だが、これには深い考えもなく酔った勢いで乗ったのだろう。 「そうか。なら退いてくれ。彼を介抱する」 「いや、甲斐甲斐しいね。そういえば、オモイカネ殿もなかなかに甲斐甲斐しかったね。酔い潰れた貴殿に、わざわざ白湯を持ってきてくれたりして……」 「そのことはもう思い出すな」 苦々しい記憶が甦り、タケミカヅチは眉根を寄せた。醜態も醜態、大醜態の失態を犯したあの夜のこと。オモイカネと新たな関係を結べたきっかけだったとしても、思い出したい話ではない。今回の宴会で酒を呑まないようにしていたのも、そんな失敗を繰り返さないためだ。 記憶ともどもフツヌシを払う動作をする。フツヌシは「ひどいな」と言いつつも、にやにやと笑いながらオモイカネから離れた。 フツヌシとオモイカネとの間に割って入るようにして、オモイカネの傍らに膝をつく。彼はまるで死人のようにぴくりともしない。 「オモイカネ殿、大丈夫か?」 声をかけながら揺すってみるが、小さく唸って僅かに反応するばかりで起きる様子がない。もう完全に潰れてしまっているようだ。 (……部屋に運んでやるか) そう思い、彼の肩を掴む。その場に寝かせてやる方法ももちろん考えはしたが、理性の半分飛んだような輩が寄せ集まっている場所に、彼を置いたままにしたくはなかった。 彼の上半身を片腕の中に抱く。崩れている脚を、膝を合わせて揃えると、その膝裏にもう片方の腕を差し込んだ。そうして脚の力だけで立ち上がる。巨体ではないとはいえ、大人の男。決して軽くはなく、少したたらを踏んだが、そう難しくはなかった。 「うーん。タケミカヅチのお持ち帰りの現場を見れるようになるとはね」 「馬鹿言え。部屋に運んでやるだけだ」 「ふむ、貴殿のか」 「彼のだ!」 タケミカヅチはつい苛立ちを滲ませた。酔っ払いの言うことなど真面目に取り合う必要はないとは分かっているのに、それでも付き合ってしまう自分の律儀さに辟易する。もはや直せない性分か。 まだとやかく管を巻いてくるフツヌシを振り切り、宴会場を後にした。腕の中には、幼子のように眠るオモイカネ。遠ざかる喧騒に反比例して、耳に届いてくる彼の寝息。 愛しさが無性に湧いてきて、彼のこめかみに唇を寄せた。柔らかな髪の感触、温かな肌、彼の匂い。満たされては飢えるような心持ち。このまま自分の部屋に連れ帰ってしまいたい。 (これではフツヌシの言う通りだな) タケミカヅチは苦笑する。隣り合う自分と彼の部屋。どちらにしようか、あと数歩で決めなければ。だのに、廊下に差し込む月光にぼんやりと浮かび上がる美しい寝顔に、思考を止められてしまう。見惚れてしまう。 兵舎まではもう少し。さて、どうしたものか。 |