「お、オモイカネー!」 声がしたかと思った側から響く大きな足音。ああこの足音は、と思い至れば、予想通りの人物にぎゅっと抱きすくめられる。ああまたか、と思う頃には、後頭部に頬を押し付けられていた。 「相変わらず可愛いなぁ、アンタ」 すりすりとスネコスリよろしく頬擦りされながらのダイダラボッチの一言に、オモイカネは渋い顔をするしかない。誰を捕まえて可愛いなどと言っているのか。英傑の中でも一、ニを争う巨躯を持つダイダラボッチと比べたら、確かに小柄な体躯になろうとも、この身とて成人男性である。 可愛い、と言われること自体には、さして嫌悪はない。含みのなさを鑑みれば、単純に称賛の言葉と取れるし、その通りに受け取ろう。ただ、男としての矜持から見れば、些かの違和感がある。どこぞのヤタガラスに耽美と言われた容姿を持つオモイカネとて、成人男性である。 どこからどう見ても成人男性(だと自分では思っているのだが、違うのだろうか)の自分をつらまえて、腕の中に納めては頬擦りとはどんな状況なのか。ここ最近のダイダラボッチからのこのような接触に、オモイカネは毎度身を縮こまらせた。 「あ、あのですね……」 「ん? どうした?」 邪気のない顔。明らかに可愛いものを見る眼差し。オモイカネはうっと言葉を詰まらせた。 ついこの間までは、こちらからの何気ない賛美の言葉にすら頬を赤らめていたような、そんな初な男だったはずだ。可愛らしい人だと思っていたし、口にも出して愛でていたくらいだ。頬が緩みそうになるくらい、可愛い男だった。 なのに、気付いたらいつの間にかに自分が可愛いと言われる側になっている。それだけに留まらず、幼子か愛玩動物にするかのように抱き締めて頬擦り。立場が逆ではないか? いや、彼を腕の中に納めて頬擦りしたいわけではないが。 慣れからであろうが、見下ろしてくる余裕の顔。見上げるばかりのそれに向き合おうと、オモイカネは彼の腕の中で方向を転換した。 「私からすれば、可愛いのは貴方のほうだと思いますが?」 からかうつもりで、少し思わせ振りに頬を撫ぜた。 途端に顔を真っ赤にさせるダイダラボッチ。予想通りの反応に、溜飲の下がる思いがした。やはりこうでなくては。振り回しこそすれ、振り回されるのは性に合わない。 照れて口を戦慄かせる彼に、オモイカネは微笑んで見せた。手の内の頬が、いっそ可哀相なくらい熱を持っている。ぐうと小さく唸る声も聞こえて、久し振りに可愛らしい人だと実感した。 「……なぁ」 そんな優位も束の間。頬に置いていた手を取られる。熱い手に強く掴まれて、オモイカネはえっ、とダイダラボッチの顔を再度よく見た。 「でも、こういうことするってことは、さぁ」 知らぬ間に、否、一瞬の内に、目付きが変わっている。鋭く射抜くような、やけに物欲しそうな、可愛らしさとは掛け離れた眼。予想外を越えた見たことのない表情に、オモイカネは蛇に睨まれた蛙のように固まった。 「いいんだよな……?」 何が、と問う間もなく、にじり寄ってくる顔。詰められる距離を離そうと思ったが、この身はいまだダイダラボッチの腕の中。元より無かった逃げ道と、否応なしに近づいてくる彼。これはどういう状況か。 驚きと混乱。理性が弾き出した現状への羞恥をも加えて、オモイカネは自身の体温の上昇を感じた。咄嗟に掴まれていないほうの手を上げて、ダイダラボッチの顔を押し返す。掴まれたままの手の熱さが、もう分からない。 「な、何がいいんですか! よくありませんよ!」 腕の長さの分だけ取った距離に、ダイダラボッチは「むぅ……」と鳴いた。そして顔の手を払われるも、諦めたのか掴んでいた手は解放される。自由になった、と安堵した。 「ちぇっ、ダメかー」 悔しげな言葉とともに、再び拘束される。抱き込まれて、彼の厚い胸板に顔を押し付けられた。頬を押し潰されて何も喋れない。そもそも状況に思考が追い付けず、何らの言葉も浮かんで来ない。疑問符ばかりが無駄に飛び交う脳内。 「何ですか、これ……」 「何が?」 何が、ではない、何が、では。 またしても頭頂部に乗せられる頬に、オモイカネは渋面を作る。事態は振り出しに戻ったようだ。だが、同じことを繰り返すわけにはいかない。「いい加減、離れてください」と告げながら、頭上の頬を抓った。 |