神無月の件以降、消された記憶は数知れず。辻褄合わせの過去を語る口は幾億を超えるのか。その中には無論、眼前に立つ頼光も含まれており、陰陽師は記憶の齟齬を独り噛み締めていた。
 伊勢に向かう彼らと偶然にも出会ったところまでは同じくしているが、その先が大きく書き換えられている。共に歩き、共に闘い、共に乗り越えた一時を、彼は覚えていない。忘れているならまだしも、最早彼はその記憶を持たない。
 強大なる敵と対峙し、力の限りを越えた彼がその身を預けてくれた事。その深い信頼の表れが、無かったことになっている。抱き留めた身体の温かさ、予想よりも痩身だったこと、衣の奥にある肌の感触を想像しかけた気まずさすらも、全て。己の中にある残滓を反芻するのみとは。
 どうせなら不可侵の肌を暴いてみたいとすら思ったことを断罪されたかった。その先にある未来こそ、己が望み、また本来在るべき世だったはずだ。この世を救うために、何故未来を違わねばならないのだろうか。
 頼光の微笑に、望んではならない思いが過ぎる。あの時、多くを救おうなどとしなければ、愛しい記憶の数々が棄てられずに済んだのだろうか、と。彼の肌に触れられたのだろうか、と。






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