ぱちり。爆ぜる焚き木の熱を手のひらに、夜の薄ら寒さをやり過ごす。言うほど寒いというわけではないが、じっとしていると体が冷えていくようだった。フリオニールは手を擦り合わせる。
 傍らには、焚き火を囲むようにして座るクラウド。夜気など素知らぬ顔で、火を見つめている。端正すぎる顔は、感覚を持たないかのようだ。勿論、そんなことはないのだが。
「寒いな」
 呟くようにして言うと、「そうだな」と簡素な返事。鎧を着込んでいる自分が寒さを感じているのだ。自分よりも薄着の彼が感じないわけがない。だが確かめるように言ってしまったのは、彼はあまりにも自分のことを言わな過ぎるから。
 自分の意思を告げるために、言葉を考える時間が要するクラウドは、時に自己完結してしまうことがある。些細なことは言うほどでもないだろうと思い、口を閉ざすのだ。そしてその些細なことを聞きたいと思われていることを、考える割には思い至らないらしい。
 考えすぎて、抜けている。そんなところが愛しいと思い始めたのは、一体いつからだったか。気付けば抱いていた恋情を、持て余す。
 ともすればぎこちなくなってしまうような空気の中、当番として割り振られた夜の番を、クラウドとこなしている。フリオニールの事情ど露知らない彼への罪悪感は、募る一方だ。
「フリオニール」
 そこへ唐突に名を呼ばれ、フリオニールはぎくりと体を強張らせた。勘付かれただろうか。
「な、なんだ?」
「さっきから視線を感じるんだが、俺の顔に何かついてるか?」
「え、あ、いや、そういうわけじゃないんだ。すまない」
「いや、いいんだが」
 ついつい見つめてしまっていたことに、我ながら呆れかえる。勘付かれてはいないようだが、このままでは時間の問題ではないだろうか。元より隠しごとの苦手な性分。セシルもティーダにも知られている今となっては、逃れようもない。
 しかしながら素直に告げる勇気は、未だ持ち合わせていなかった。戦闘時は如何なる時でも奮い立つものを、どうしてこの時に至っては鳴りを潜めてしまうのか。己の不器用さは恨んでも恨み切れない。
 思わず吐いた溜め息を、クラウドが見る。燐光を放つような青い眼に見つめられ、フリオニールは息を詰まらせた。
「何か、悩みでもあるのか?」
 唐突な問いに、フリオニールは目を瞬かせる。クラウドは淡々と、だが瞳に心配する様子を滲ませていた。
 優しさに満ちた眼差しが、嬉しくも苦しい。悩みの種は貴方ですなんて、死んだって言えるものではない。だがここでなんでもないと言っても、やり過ごすことこそすれど、見過ごしてはくれないだろう。それだけ彼は仲間思いだ。
「ん……悩み、か。そうだな……」
「ものによっては相談には乗れないが、話だけでも聞くぞ」
「はは、ありがとう。でも、何て言ったらいいんだろう……」
 目線を外したクラウドは、ばっちり聞く体勢だ。腹を括るしかないのだろうか。でも知られたくないという思いもあって、言葉にすることができない。どうしたって脳裏を過る彼からの拒否の意思に、体は竦むばかりだ。
 考えあぐねいて、言い淀んだまま黙り込んでしまったフリオニールに、クラウドはほんの少し目線を上げる。
「言いにくいことか」
 フリオニールの苦心を肌で感じたのか、彼は半ば断言するように問う。その優しい声色に、思わず安堵。そんな己の情けなさには、もう苦笑するしかなかった。
「……すまない」
「気にするな。誰にだってある」
 ゆるりと首を振るクラウド。聞き出そうとして悪かったな、と話を切り上げてくれるのに、謝るのはこっちのほうだと思わずにはいられなかった。
 だが、このままではいられないことを、フリオニールは気付いている。日々募りつつある感情は、このまま吐き出せずにいれば、いつの日か溢れ出してしまうことは必定。恋愛ごとにはほとほと疎い自覚のある自分であるが、これだけは解る。
「いつか……」
「――――え?」
「いつか、話す」
 今は告げられないけれど、溢れ出して傷つけてしまう前に、想いを伝えたい。この時間軸の果てにあるのが永遠の別れだと、誰が言うでもなく皆気付き始めている事実が待っているとしても。黙っては別れられない。
「その時は聞いてほしいんだ」
 お前が好きだと告げる勇気を、いつか見つけ出してみせる。最悪の事態も笑って受け止められる強さを、手に入れてみせる。この感情を覚えさせてくれたことを、感謝したいから。
「……解った。その時を待ってる」
 仄かに笑んだクラウドの、焚き火が照らす柔らかな表情の、その向こう。空が俄かに色を変え始めた。黎明のときが近い。決意の先に射した夜明けは、何を暗示するのだろう。ただクラウドの髪を淡く光らせる空に、僥倖した。






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