大学の入り口に見慣れない男が立っている。それだけならば特に気にすることもない光景なのだが、それが人の目を引く眉目秀麗な男となるとまた話は違ってくる。景色も変わってくる。
 その男というのが、男であることには間違いないが、人の顔の美しさというものには性別はないのだろうか、柔らかな顔立ちからはそこはかとなく女性性も感じられた。中性的と表現しても差し障りはないのかもしれない。むしろ漂う神秘性からは両性具有といったほうが適当かも知れない。
 つまるところ、道行く女も男も彼の紅顔に見惚れては時も場所も忘れていた。かくいうワカヒコも、遠巻きにその様子を見ては陶酔感を覚える。何もその理由は、彼の美しさに現を抜かすだけに留まらないのだが。
「オモイカネ殿」
 意を決し呼びかけると、彼――オモイカネはやや俯かせていた顔を上げて笑みを浮かべた。
「ああ、ワカヒコさん」
 何という花顔であろうか。まさに花の綻ぶような微笑に、周囲の空気が俄かに色めき立った。いっそ悲喜交々だ。野次馬と化した通行人を笑み一つで一喜一憂させるとは、美男子というものの影響力は計り知れない。
 だが無理もないだろう。ワカヒコのいる中津国大学は、いわゆるBランクの大学。普通の人間が入る普通レベルのパッとしない大学。そのせいか通う生徒も、良くも悪くも普通の面々だ。顔も、中身も。
 そこに傾国の芳顔の持ち主が現れたとなれば、目の保養に眺め倒したくもなるだろう。そこへ持ってきて、彼が八百万界の最高学府・高天原大学の首席と知ったならば、どうなることだろう。阿鼻叫喚の渦となるかもしれない。
 それにしても突き刺さる周囲からの目線が痛い。ワカヒコは居心地の悪さに痒くもない頭を掻いた。
「あー、ごめん、待たせたかな?」
「いえ、今きたところです」
「そっか。じゃぁ、行こうか」
 移動を促すと、オモイカネは静かに返事をして隣に立った。
 通行人だった野次馬がハッとして通行人のふりをしだす中を、気付かないふりをして通り抜ける。それでもなお向けられる好奇の目がいっそ気持ちが悪いが、抜けるまでだと言い聞かして歩いた。
 そうして人通りの少ない道に入り、いつの間にか詰めていた息を吐く。隣の思わしげなオモイカネの目線に気付いて、溜め息という失態に思わず口に手をやった。
「あ、ごめん。その、変な意味じゃなくて」
「分かってますよ。何だかたくさんの人に見られていましたしね」
 オモイカネはそう言って、苦笑のような笑みを浮かべた。
「ワカヒコさんは美形ですから、きっと皆さん目で追ってしまうのでしょうね」
 続け様の言葉に、ワカヒコは頷きかけて慌てて声を飲み込む。彼はからかう様子でもなく、当然とでも言いたげな顔でワカヒコを見つめていた。
「いや、見られていたのはむしろあなたのほうだろう」
「私への目線は物珍しさでしょうが、それよりも貴方が現れてからの周囲の空気の変容ぶりがすごかったですよ」
 さぞかしモテるのでしょうね、などと宣う唇に、どの口が言うのかと思いながら否定の言葉を口にする。オモイカネのほうがさぞかしモテるに違いないし、声がかからないと言うのであれば、それはあまりの美しさに高嶺の花と化しているのだろう。
 確かに声がかかることもあるし、それは彼の言う通りそれなりの見てくれをしているのかもしれないが、それがどれだけのものだろう。彼の持つ犀利な美しさに比べたら、自分の価値など路傍の石に等しい。容姿も学力も人間性でさえも、自分は彼に遠く及ばない。
 それなのに、そんな彼が他に目もくれずこんな自分の隣にいてくれる、それを望んでくれることを思うと、目が眩みそうなほどの優越感を覚えた。好奇の眼差しに晒された、あの通り道のただ中でさえでもだ。痛みのすぐそばにそんな快楽もあったなどとは、知られてはならない。勘付かれてはならないと、息を潜めたあのひと時。
「……やっぱり、待ち合わせ場所、違うところがよかったかな」
「貴方が嫌と言うのであれば。私はただ貴方に会いたくて来ているので、一考に構いませんよ」
 そう言って、周囲に人がいなくなった頃合いを見計らって、手を繋いでくる。自分の指と指の間を、彼の指がすり抜けていった。
「ただ、あの場所ならいち早く貴方に会えるのですけどね」
「そ、そう……」
 ワカヒコは堪らず空いているほうの手で顔を覆った。どこから見ても、どう見ても、彼には敵わない。勝てる要素などなく、このまま負け続けていくだろう。ただ一つ、そんな彼の心を射止めたということを除いては。






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