氷水に浸したラムネを二本、抜き取る。よく冷えた瓶が指先に心地いい。これがまだキンキンに冷えている内にと、タケミカヅチは足早に廊下を歩いた。 開け放たれた広間の一角で、オモイカネが足を伸ばして団扇を扇いでいる。おおよそ彼らしくないだらけた体勢だが、この夏の暑さでは致し方ないだろう。タケミカヅチでさえ、ラムネという冷たい誘惑がなければ動いていない。それほどまでに今日は暑い。 タケミカヅチはオモイカネに気配を悟られないよう、そっと後ろから近づく。彼はぼんやりと力なく団扇を扇いでいて気付かない。思わず零れそうになる笑みをどうにか堪えて、足を忍ばせた。 そぐそこの彼。一瞬、このまま抱き締めてしまおうかと思ったが、一先ずそれは後にすることにした。そして当初の考えの通り、彼の頬に瓶を押し当てる。 「っひゃ!?」 突然の冷たさに肩を跳ねさせて驚くオモイカネに、タケミカヅチはようやくといった心持で噴き出した。目を白黒させる彼を見下ろし、ラムネを見せる。事の次第が分かった彼は、子供のように頬を膨らませた。 「驚いたか?」 「驚かせようとしたんですから、当然でしょう?」 「ははっ。まぁそう怒るなって。ほら」 改めてラムネを差し出すと、オモイカネは表情を解いてそれを受け取る。まだまだ冷たい瓶を今度は自ずから頬に押し当てて、一時の涼を味わった。 「冷たくて気持ちいい……」 そんな呟きを聞きながら、タケミカヅチは縁側に出てラムネを開ける。硝子玉の落ちる音と、中身の弾ける音。気泡とともに溢れてくるラムネ水が煩わしいが、それもまた風物詩か。手に流れてくるそれを振るって払った。 「ついでにあけてやろう。貸してみろ」 「お願いします」 受け取ったオモイカネの瓶は、彼の体温を吸っていくらか温くなっただろうか。カランという軽やかな音を皮切りに、しゅわっと溢れてくるラムネ水。心地よい冷たさが手に流れてくるが、不快に思ってしまうのは手がべた付く未来を予想してしまうからか。 そうして振り返ると、いつの間にかオモイカネが姿を消していた。せっかく手を汚しながら開けてやったというのに、一体どこに行ってしまったのか。取り敢えず日陰に戻るものの、どうすることもできずに立ち尽くす。 まだ冷たいラムネが二本。暑さも相まって少し苛立ちが湧いてきて、両方とも飲み干してしまおうかと考えた。勝手に持ってきたのは自分であるが、それにしても何も言わずに去ると言うのはひどい仕打ちではないか。 などと考えていると、やがて静かな足音が聞こえてきた。廊下からひょっこりと姿を現したのは、どこぞに消えていたオモイカネ。 「どこに行ってたんだ」 「済みません。手を拭くものをと思いまして」 苛立ちを抑えきれずに問うと、返事とともに差し出される濡れ布巾。わざわざそのためだけに取りに行ってくれたのか。暑い中の足労を思うと、何も言わずに姿を消したからと言って考えもなしに怒りを覚えたことを申し訳なく思った。 「そうだったのか……。すまない、ありがとう」 謝辞を述べると、彼はいつものように柔らかく笑んだ。 改めて、ラムネを堪能しようと腰を降ろす。隣にオモイカネも座った。恒例行事のように瓶を差し出すと、察した彼が同じように差し出しては当ててくる。瓶と瓶の軽くぶつかり合う音と、その衝撃で転がる硝子玉。 呷ったラムネは口の中で弾けに弾けて、通る喉を一瞬焼いた。さり気なさを装って畳の上で重ねた手の熱さに比べると、可愛いものではあるが。 |