(暇ですね……)
 独神の元に集まってきた各種の報告書を取りまとめていたオモイカネは、手を忙しなく動かしながら心中でそう呟いた。仕事は終わってはいない。だが頭の中での整理はついており、後は流れ作業を残すのみ。考えることのない頭は、時間を持て余していた。
 紙の擦れる音の中に、何者かの足音が紛れ込んできた。それはゆっくりでありながらも近づいてきており、人の来訪を予感させた。通りすがるだけかもしれないが。
 束が一締め出来上がったところで、障子に人影が映った。紐で括ると同時に姿が現れる。そこで立ち止まったヤマトタケルが、眠そうに欠伸をした。
「お前ひとりか?」
「ええ。どなたかに御用ですか?」
「いや、別に」
 ヤマトタケルは素気無く答える。そしてそれきり黙ったまま、オモイカネの隣に腰を降ろしてはごろりと横になった。
(何故ここで……。別に構いませんが)
 オモイカネは寝転んだヤマトタケルを一瞥する。視界には些か邪魔に映るが、作業の邪魔にはならない。もうすぐで終わるものを手伝わせる気にはなれず、黙って手を進めた。
 半端な数の報告書を一先ず括って、書函に収める。広げていた筆記用具も硯箱に仕舞って片付けると、後は何もすることがない時間だけが残った。
(暇、ですね……)
 もう一度、声に出さずに呟く。ただ座布団に座り、傍らには寝ている男。世界は今も悪霊に脅かされ、仲間たちはそれを阻止せんと奮闘しているというのに、ここは何故こんなにも平和なのか。居たたまれなくなる。
「――終わったか?」
 仕事はないかと考えていると、不意にヤマトタケルから声をかけられた。ええまあなどと一応の返事をすると、彼は徐に上半身を起こす。何だろうかと眺めているうちに、匍匐前進よろしく這いずってきた。
「足を崩せ。高い」
「何なんですか……」
 腿を軽く叩いて要求してくるのに、苦言を漏らしつつ応える。すると断りもなく腿に頭を乗せ、体勢を微調整すると、また寝始めた。
 足を崩せと言われた段階で薄らと察してはいたが、まさか本当に勝手に膝枕をさせてくるとは思わなかった。正座に慣れた身としては足を崩した状態のほうが辛いのだが、この自由な男に行ったとしてもきっと膝枕自体は譲らないだろう。
 奇妙な状況に溜め息を吐きながらも、オモイカネは黙ってヤマトタケルを見下ろす。もう微動しない彼は、すでに寝入ってしまったか。眠る横顔すら美しい彼が、人の膝を枕に無防備に寝ているのは、やはり不思議だ。そしてそれを彼が自ずからしたということも。
(何を考えているのやら)
 黒髪を梳いてみても、その頭の中は覗けない。
 熾火の色を奥深くに秘めたような黒髪は、熱を孕んでいそうに見えたが、わずかに体温を吸うばかりの温さだ。洗いざらしで毛先は少し荒れているが、それでも絹の肌触りを忘れていない。撫で心地の良い頭だ。
 ふとヤマトタケルが何かに安堵するように深く息を吐いた。夢でも見ているのか、甘えるように膝に頬を摺り寄せては背を丸める。まるで赤子のようだ。
 自分に母の温もりを求められても、あるはずもなく。だが、どこからともなく湧いてくる微かな愛おしい想いも否定しきれない。これを父性と言い換えることができるならば、肯定のしようもあるのだが。
(……それにても、暇ですねぇ)
 外套を肩から外し、ヤマトタケルの肩にかけてやる。やや傾いてきた陽が部屋に差し込んでくるが、まだこの身を照らすほどの高さにはない。ただ眩しい外の景色に目を細め、時が過ぎるのを待った。






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