目の前にいきなり花束が現れた。色とりどりの山のような花は、花廊で育てているものを同じ代物。廊下の曲がり角でそれと出くわし、危うくぶつかりそうになったのをヤマトタケルは寸でのところで止まった。
「済みません」
 花の向こうからオモイカネの声がした。よく見ると、橙の花に紛れて彼らしきふわふわとした髪が見える。回り込むようにして横に行くと、やはり彼が花束を抱えていた。
「何だこれは」
「花廊の収穫物です。予想以上に収穫できてしまいまして」
 オモイカネは苦笑する。その顔には少量の花粉、髪には花びらを引っかけてしまっていた。
「お前、色々くっつけてるぞ」
 頬のあたりに着いた赤色の花粉を拭ってやる。だが拭いきれずに、頬紅のように色が伸びて残ってしまった。しかも色気がない具合に。オモイカネはそんなこと露知らず、謝礼を口にした。
「すぐそこだからと思って、抱えられるだけ抱えてしまいました。欲張ってはいけないですね」
「お前らしくないな。物臭がるなんて」
 次いで髪に着いた花弁を取ってやる。するとオモイカネは悪戯っぽく笑った。
「ええ。どこかの誰かさんに似てしまったのかもしれません」
 明らかに冗談めいて彼は言う。例えそれが真実だとしても、それはそれで愛しいことだ。可愛さも相まって、失笑を禁じ得ない。
「馬鹿言え」
 大量の花の陰なのをいいことに、掠めるように唇を奪う。噎せ返るような花の香に紛れて、彼の香を聞いた。
「そういうときは冗談でも俺への贈り物だと言えよ」
「おや、何をおっしゃるかと思えば」
 オモイカネはくすりと笑って、花を抱きかかえたまますり抜けていく。ヤマトタケルは話を切り上げられたかと思い、まぁいいかとその場を離れようとした。
「たったこれだけでは、全く以て足りませんよ」
 かけられた言葉に振り向くが、彼はこちらを見ぬまま去っていく。的を射ない曖昧な物言いだったが、彼の健気な想いを感じ取って、つい笑みが零れた。
「よく言うよ」
 背後に小さく笑うオモイカネの声を聴く。木立に隠れて鳴く鳥の囀りのように。






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