ハヤオモの場合:急に降り出した雨に慌てて手をつないで走り軒下に潜り込んで、しばらく可愛い恋人を抱きしめました。
#ほのぼのなふたり
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 ふと冷たい風を身に受けて、ニギハヤヒは薄らと雨の気配を感じた。どことなく湿気を含んだようなそれに、空を見上げてみる。
「一雨きそうですね」
 隣を歩くオモイカネが、同じように空を見上げた。空は雲で白んではいるが、雨が降りそうな模様ではない。だが己の勘はともかく、天候を操れる彼が言うのだから、間違いなく降るだろう。
 オモイカネが天候を操れるということは、無論、彼の一存で雨を降らせないようにすることもできるということだ。曇らせたままにせず、晴れやかな空にすることもできる。だが彼は言う、自然の調和をみだりに乱してはならない、と。自然はあるがままが最良だという考えは、ニギハヤヒとしても大いに賛同するところだ。例えそれで自分たちにある程度の被害があろうとも。
 とはいえ雨に降られるのは、避けられれば避けたいところである。二人はともに見回りを終えたところであり、ニギハヤヒは早く帰ろうとオモイカネに声をかけた。頷いた彼と足早に帰路を行くが、社までの距離を思うと嫌な予感しかしなかった。
「――……やはり間に合わないか」
 思わず呟いた。相当の道を歩いてきたが、まだ社は遠く。そのうちに瞬く間に暗雲が立ち込めて、肌に多量の湿気を感じた。やがて頬に雨粒を感じたかと思えば、次の瞬間には本降りになる。あっという間に地面は泥濘んで、服は水を吸った。
「どこか雨を凌げそうなところを探そう」
「ニギハヤヒさん、あそこにお堂らしきものが見えます」
 辺りを見回してみると、オモイカネが一点を指差した。その先には確かにそれらしきものが見える。さして大きくなさそうな堂ではあるが、四の五の言える状況ではない。
「本当だ。よし、一先ずあそこに行こう」
 服はすでに相当濡れてしまっているが、かといってそのまま雨に打たれ続けるわけにはいかない。ニギハヤヒは咄嗟にオモイカネの手を取って、堂へと走り出した。
 そうして駆け込んだ堂の軒下。雨を避けられる場所に入れて、安堵の息を吐く。雨に打たれて冷えるのと、ただ水に浸かって冷えるのとでは、似ているようで些か受ける感覚が違う。雨水では体調を崩しやすくなってしまいそうで、あまり好ましくなかった。
 連れ立ったオモイカネは大丈夫だろうか。横を窺うと、すぐ隣でオモイカネが濡れた髪を掻き上げていた。何気ない動作であったが、どことなく目を引いたのは、濡れた姿が目新しいからか。頬を伝う雫を見て、拭いたいと思う。そこでずっと手を繋いでいたことをようやく思い出した。
 さり気なく手を放す。オモイカネは気にする様子もなく、ニギハヤヒが拭いたいと思った雫をその手の甲で拭った。
「なかなかに土砂降りですね……」
 オモイカネが雨を眺めながら呟く。その激しさは音にも表れ、多少の音などは掻き消されてしまいそうだ。彼の声は、彼とは肩が触れ合うほど近くにいるため、聞き逃さずに済みそうだが。
 彼はおもむろに濡れそぼった外套を肩から外し始めた。すっかり重たくなってしまったように見えるそれを腕に抱えながら、その手で反対側の腕をさする。寒いのだろうか。
 雨に冷えてしまったか、それとも単に辺りの空気が冷たいのか。いずれにしてもそのままでいるのは良くないだろう。幸いにしてニギハヤヒの上着の内側はどうにか無事だ。いずれ吸った水が染み出してくるだろうが、今すぐという話でもない。
 ニギハヤヒは、いくらか身を縮こまらせたオモイカネを、寒がる腕ごと抱きすくめた。
「ニギハヤヒさん!?」
 驚いて振り向こうとするオモイカネを、横から覗き込んで微笑みかける。目を丸くした顔は、少し幼く見えた。
「寒そうだったから、雨が上がるまで温めてあげようと思ってね」
 囁くように言いながら、腕の力を強める。オモイカネは戸惑い気味ながらも、礼を述べておとなしく腕の中に納まった。何か反論したげでもあったが、言葉が見つからないのか口を開こうとせず。
 例え何かを言ったとしても、ニギハヤヒには解放するつもりなどない。ぴったりと重ね合わせた自分の胸と彼の背との間で通わす体温が心地よく、また愛おしい。これを手放す手はなく、彼がじっと享受しているのをいいことにもっと触れたいくらいだ。
「ニギハヤヒさんは……、寒くはありませんか」
 控えめな問いかけ。探しあぐねた果ての言葉かと思うと、何とも可愛らしかった。
「寒くないよ。君の体が温かいからな」
 返答をきっかけとして頭を撫でると、俄かに彼の体温が上がる。表情は見えないが、耳が赤くなっているのは見える。慣れないことをされて恥ずかしがっているのか。甘やかな反応の仕方に、ニギハヤヒは声に出さずに笑って、彼のこめかみに触れるか触れないかの口付けを落とした。
 雨はだいぶ小雨になってきたが、もう少しだけ降り続いてくれないだろうか。再び白み始めた空にそっと願ってみた。






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