貴方は萌えが足りないと感じたら『嬉しくて赤くなった耳を隠してるハヤオモ』をかいてみましょう。幸せにしてあげてください。
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 遠征から帰り本殿に入ると、お伽番であるはずのオモイカネの姿はなく、独神がひとり奥の間に座していた。オモイカネの行方を聞くと、彼は所用を足しに都へ降りているという。オモイカネに用があったニギハヤヒはならば待つかと思い、独神に礼を述べて本殿を後にした。
 できるだけ早く会いたい。ニギハヤヒは外に出て、社の出入り口となる鳥居の柱に寄り掛かる。社へ入るには、人の目を盗むのでなければここしかない。真面目なオモイカネが人の目を盗むような行動を取ることは先ずないだろう。ここにいれば、すれ違うことなく彼に会えるはずだ。
 遠征先から持ち帰ったものを、再度確認する。表紙の大分痛んだ、古びた書物。誰に頼まれたわけでもなく、たまたま町で出会った古物商が売っていたものを、個人的に買った。中を軽く流し読みしても何が何やらだが、自分が読むのではないからいいのだ。読めそうだということだけを確認して、書物を閉じる。
 そして外へと続く道を見遣ると、ちょうどよくオモイカネの姿が見えた。
「ニギハヤヒさん。帰られてたんですね」
 おかえりさないと言うオモイカネに、ニギハヤヒもただいまと答える。そして彼が都から帰ってきたことに対しておかえりというと、彼はきょとんとして後から気が付いたようにただいま帰りましたと返した。
「ところで、こんなところで如何されたんですか?」
「きみに用があって待ってたんだ」
「私に、ですか?」
 小首を傾げたオモイカネに、ニギハヤヒは小さく笑む。持っていた書物を差し出すと、最初は不思議そうに表紙を見た彼が、すぐにその眼を丸くした。
「こ、これは……!」
 弾かれたようにこちらを見るオモイカネに、ニギハヤヒは笑いを禁じ得なかった。
「遠征先で偶然見つけたんだ。きみ、ほしがっていただろう?」
 以前にオモイカネがとある書物を探していると零したことがあった。折を見ては探しているのだがなかなか見つからないのだ、と眉尻を下げた姿を覚えている。聞いた内容は余りに難解で忘れてしまったが、表題だけは少し印象的で記憶に残っていたのだ。
 とはいえ正直、自信はなかったのだが、彼の様子を見て間違っていなかったのだと理解する。興奮に頬を薄らと赤らめるのを、愛らしく思った。
「頂いてしまっても、いいのですか……?」
「もちろんだ。そのためにこうして持ってきたんだから」
 問いに答えると、オモイカネはひどく嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
 痛み切った表紙を見つめ、それでもなお喜色満面に表題を撫でる。ずっと欲しがってたのだから、喜びも一入であろう。まるで子供のような喜びように、ニギハヤヒは抱き締めたくなる衝動を抑えた。
 そんなはしゃぎようを始終見られていたことに気付いたオモイカネが、はっとして表情を固める。そのすぐ後からさっと頬を赤らめ、今更のように片手で顔を覆うので、挙動の可愛らしさに吹き出すように笑いだしてしまった。
「わ、笑わないでください……!」
「はははっ、すまない。きみがあまりにも可愛らしいものだから」
「可愛らしいって……」
 オモイカネは恥じらいに戸惑いを乗せ、眦を下げる。せめてもの抵抗とばかりに顔を逸らすが、ニギハヤヒにしてみればそれも可愛いに他ならない。彼は時々、本当に可愛い姿を見せるなと、愛しい気持ちで見つめた。
「でも、良かったよ。きみの嬉しそうな顔が見れて、おれも嬉しい」
 一先ず話を戻すと、オモイカネも表情を戻して素直な笑みを見せた。
「本当にありがとうございます。このお礼はいずれ」
「気にすることはない。きみにはいつも世話になってるからな。これはその礼だ」
「そんな……。それほどのことなどしていませんよ」
 オモイカネは謙遜する。彼にしてみれば、策を出して助言をするなどもののついでとも言えるものなのだろう。彼は己の持つ知恵を求められることに無上の喜びを見出す男だ。わざわざ出す助け舟でも何でもなく、いっそ一つの楽しみであるのかもしれない。
 だが助けられたほうとしては、これほど有り難いことはない。彼の助言は大いにこの身を救う。彼自身がどんな気持ちであれ、救われたほうは恩義を感じずにはいられない。ましてや彼は助言を差し向けようとする際、現状の把握に努めようとするため、意図せず親身になってしまう。例えそうと分かっていても、そういった態度はやはり受け手を救うのだ。
「きみにとっては多少のことかもしれないが、おれにとってはとても大きなことだよ。おれの感謝の気持ち、どうかそのまま受け取ってほしい」
 言い募ると、彼は納得したように頷いた。
「分かりました。では、有難く頂戴いたします」
「ああ、そうしてくれ」
 オモイカネは再度、書物を見下ろす。まだ嬉しそうに表紙を眺める様に、大枚を叩いた甲斐があったと思った。行商人には足元を見られて、おそらく割高な値を提示されたように思う。値切ってはみたものの、では売らないと押し切られて、言われるがまま財布を空にしたのだ。
 財布は痛手を負ったが、彼のこれほどの喜びようには、そんなことどうでもよくなってしまった。本来、心は金では買えないと言うのに、それを手持ちの金で彼の喜びを得られたというのなら、失った金などはした金である。
「ふふ、嬉しいです」
 そんな思いをまるで見透かしたかのように、喜びを口にするオモイカネ。そんな訳はないのだが、それにしても彼は幸せそうに笑った。
「貴方が私のほしいものを覚えていてくれていたこと、他愛のない会話を記憶していてくれていたこと、そして私のためにこのような稀覯書を持ち帰ってきてくださったこと……。その全てがこんなにも嬉しい……」
 やや俯きがちであるにもかかわらず、蕩けてしまったような笑みが見えた。まるで幸福をなぞるように、書物の背表紙を指先で撫でる。擦りきれた書物に乗せた想いのいじらしさに、胸の締め付けられる思いがした。
「……忘れないよ。忘れるものか。大切な君との思い出なんだから。今までのことも、これからのこともね」
 こんな笑みを見せられては、忘れられようがない。叶うならば、その喜びを与え続けられる存在になりたい。そしてその笑顔を傍で見つめ続けていられたらどんなにいいか。


稀覯(きこう):めったに見られないこと。非常に珍しこと。






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