歪みに現れる様々な空間は、仲間たちが本来いるべき世界の一部を模しているようだった。皆、揃いも揃って記憶のあやふやな状態にあるが、比較的多くの記憶を持つ仲間が、特定の場所を指して見知っているという。自分にも心当たりのあるフリオニールは、そのことに関して特に驚くこともなかった。
 どの空間が、どの仲間の世界のものなのか。そこまでは把握していない。知ってどうなるという物でもなければ、敢えて聞くこともないからだ。そもそも普段から意識している訳ではないから、会話の中で話題に上がることがなかった。
 ただ、月の渓谷と呼ばれる見知らぬ空間に馴染んでいく内に、ふとここはセシルの世界のものなのではないかという感覚を抱くことがあった。渺茫たる大地を照らす月に、彼の佇まいが重なるのだ。会話の端々に“月”という単語を含める彼によく似合うと思う。
 浮かぶ岩の足場と、辺りを包む緑色の光の壁。星の体内と呼ばれる空間もまた、誰かの世界のものなのだろう。今でこそ見慣れた不可思議な光景は、誰のものとも想像がつかず、ただ異様だ。緑光が生きているようにも見えるからこそ、空恐ろしくも感じる。
 だが、恐ろしくも美しい。そう思わせる魔力を秘めている。よく知った何かに似ているよう。
 見惚れるともつかない感覚で見つめていると、上の足場からクラウドが降りてくる様子が見えた。慣れた足つきで岩から岩へと伝って降りてくるのを、フリオニールは眺める。
「上には何もいなかった」
 歪みを解放するために、イミテーションを探している最中だった。空中戦に向かないフリオニールを案じてか、上を見てくると言ってくれたのだ。無論、空中戦となっては足手まといになりかねないフリオニールは、その言葉に甘えて最下の広い足場に残った。
「そうか。下も見ての通りだ。ここは大丈夫のようだな」
「そのようだな」
 辺りを軽く見まわしたクラウドが頷く。もう一度気配を探ってみたが、この空間独特の耳鳴りのような音がする以外には、何も感じられるものはなかった。
 同意を得たところで空間から抜け出そうとすると、ふと振り返った先、クラウドがどこかぼんやりと緑光を見つめていた。どこか懐かしさと憂いを秘めた眼差しに、フリオニールは足を止める。既視感のある眼の光りかただった。
「ここは、クラウドの世界のものなのか?」
 比較的記憶のある仲間たちがその空間で見せる眼と、似ていた。思わず問うと、クラウドはきょとんとフリオニールを見る。その表情は、まさに虚を突かれたよう。
「あれ、違ったか?」
「いや……。正直、解らない。でもお前の言う通りかもしれない。知っている気がするから」
 緩く首を振ったクラウドは、答えを探すように壁を見上げた。記憶のはなくとも体は覚えている、と言ったところか。他の仲間たちも、各所で己の中の既視感を呟くことがあった。この世界に来て何度か経験したことのあるそれに、フリオニールは同意の相槌を打つ。
「解るぞ。その気持ち、何となく。肌が覚えてるんだろう?」
「あぁ、そんな感じだ」
 頷きながら、こちらを向くクラウド。目が合って、不意に気付いた。見つめてくる青い眼の、鮮やかな虹彩が放つ光の輝き方が、この空間の緑光とよく似ている。淡く、冷たく、優しく光る、燐光を秘めたような輝き。空恐ろしくも美しいと感じていたのは、彼の瞳を無意識に思い出していたからか。
 気付いた瞬間、溜飲が下ったかのように納得した。この空間がクラウドの世界のものだということを、強く確信する。確固たる証拠はないが、それでも間違いではないだろうと思う。当人よりも先に、確証に乏しい理由で、当人よりも納得していることに、思わず笑みが零れた。
「何だ?」
 案の定、訝られ、問われた。ややひそめられた眉が、彼の困惑を表している。フリオニールは緩やかに首を振り、謝罪した。
「悪い。ここはクラウドの世界のものなんだなって思ったから、ついな」
「よく解るな」
「確証はないが、そう思うんだ。おかしいと思われるかもしれないけれど」
 言いながら、苦笑を零す。よくよく考えてみればおかしいことだ。何ら関係のない、住む世界すら違う自分が、当人を差し置いて何をしているのだろう。笑うどころか、呆れられても仕方がない。
 だがクラウドは笑うでも呆れるでもなく、ただ穏やかな眼差しでフリオニールを見つめた。冷やかな色の眼が、温もりを宿して輝いた瞬間だった。
「お前がそう思うなら、そうかもしれないな」
 零された微笑に、フリオニールは閉口するしかなかった。笑顔に乏しいところがあるクラウドが、ほんの僅かに張り詰めた相貌を崩す。まとう空気が一変する。作りが良いために、些細なものでもその魅力は計り知れず、ただただ目を奪われた。
 再び緑光を見つめる横顔からは、憂いが消えない。だがその憂いすらも美しく目に映り、フリオニールは感嘆の息を小さく零す。湧いてくる名状しがたい感情が、空間に満ちる光の流れのように、この身にまとわりついた。
 横顔を儚く照らす緑の燐光。その淡さが、瞼に焼き付く。





燐光を湛える






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