戦術所は場所が場所なだけに、人がおらずひっそりとしている。大抵の話は本殿で済んでしまうために、独神すら使っていない始末だ。何のための施設なのか、と問いたくなってしまうが、ごく一部の者にはそれはそれで好まれているらしい。
 ダイダラボッチが探しているオモイカネもその中に含まれている。お伽番であるにも関わらず本殿にいなかったということは、社内の見回りか戦術所のどちらかだ。
 一人では初めて入る戦術所。意味もなく忍び足で奥へと進むと、目的の後ろ姿がそこにはあった。本棚と向かい合って、ダイダラボッチの侵入にも気付かず集中している。もっとも、物音を立てないように入ったのではあるが。
 他に誰もいない場所で、相手は自分の存在に気がついていない。その状況にダイダラボッチは悪戯心が湧いて、ひとり口角を上げた。そしてさらに足を忍ばせて近付く。
「捕まえたっ」
「ひゃあっ!?」
 後ろから抱く竦めると、オモイカネは腕の中で素っ頓狂な声を上げた。おおよそ彼らしくない反応だ。顔だけで振り向いた彼は、驚きと恥ずかしさでその顔を赤くさせていた。
「だ、ダイダラボッチさん、驚かさないでください!」
「へへっ、わりぃわりぃ。アンタ、気がつかないからさ」
 悪びれもなく謝ってみる。すると彼は少し困ったように眉尻を下げた。
「気がつかなかったからって……最初からこうするつもりだったんでしょう?」
「いや、最初は普通に探してたんだぜ」
 抱き込むように回していた腕を緩める。だがオモイカネは幾分自由になった身ながら、そのままの体勢でダイダラボッチを見上げた。
「そうなんですか? では、何かご用で?」
 小首を傾げて問われる。その問いに返す明確な答えはダイダラボッチにはなく、小さく唸っては言葉を濁した。
「いや、用はないんだが……」
「用もないのに探していたんですか……」
 不思議そうに見上げてくる眼に、ダイダラボッチは痒くもない頭を掻くしかない。用など端からないのだ。強いて言えば顔が見たかった、会いたかったからだけで。
「用がなくちゃダメかよ」
 苦し紛れに言うと、オモイカネは瞬きを一つして、それから表情を綻ばせた。
「いいえ、全く」
 ふわ、と頬が淡く色づき、瞳がゆるりと柔らかくなる。その甘さを溶かした若葉色に、息が苦しくなった。その癖、体も浮いてしまうんじゃないかというくらい気持ちが浮き立つ。言葉にできない心の感覚。
 表せない感情は体を突き動かして、腕の中の体を再度強く抱き締めた。くすぐったそうに小さく笑う声を耳元に聞く。その笑い声と同じくらいの優しさでしなやかな指に頬を撫でられ、こそばゆさにその手を掴んだ。そしてそれを頬に押し当てる。
「ふふ、甘えん坊ですね」
「アンタがそうさせてんだろ」
「それはそれは済みませんでした。貴方があまりにも可愛らしいもので」
「……可愛いっていうな」
 可愛いのはアンタだろ、とは言えなかった。
 代わりに顎を持ち上げて、唇を奪う。抵抗なく受け入れる、その口唇。押し当てた頬からすり抜けていった指先が、後頭部の髪に差し込まれていくのに堪らない感覚を覚えた。






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